蜃気楼のようなあの小さな小さな希望の光は、いずれ誰かを照らす灯のカケラになるんだと、頑張った君に伝える日まで。

2023年2月21日

 彼がこの世界の片隅で、小さく光ったあの瞬きを僕は一生涯忘れない。いのちは死にはしないし、その限り彼の可能性が消えることも絶対に、絶対にないんだからな。ないんだからな。

 難しかった。僕に、力がなかった。僕の声は届かなくなってしまった。僕の声はもう、彼のいのちに、届かなくなってしまった。

 ものすごい強い力で穴を閉ざそうとする岩の引力は、次から次に覆いかぶさり、その度に分厚くなり、分厚くなり、彼のいのちを絶対に、一瞬たりとも彼自身に見えないように隠し続けるまでに成長してしまった。

 本当に、本当に、申し訳なかった。何もできなかった。何もできなかった。

 はじめからいのちの片割れが消え、いのちの豊かさを目の前で体現して見せられない状況であることを絶対に言い訳にはしたくなかったし、それでもできるって可能性をただただ忘れたくなかったんだと思う。身体がうまく動かない。ずっと泣いている。脳みそも1%も動いていない。ちょっと頑張るとすぐ過呼吸寸前になって、涙が止まらなくなる。そんな地獄をはるかに通り越した様な日々の中でも、君が帰ってきた時に嬉しいように、あったかい居場所をほんの少しでも作っていられるように、僕にできることはそれくらいしかないから、途轍もない重い身体を持ち上げ、毎日絶対に朝の仕事をサボらないように、畑に行って手を動かし、困っている人があれば手を伸ばすことを辞めないで、呼ばれたら飛んでいっていのちとちゃんと向き合い、そして未来、これからのためにいのち輝くその土壌を思考し、生み出していくためにひたすら手を動かし、頭を動かし、突然倒れることがあっても、意識が飛ぶことがあっても、絶対に、絶対に人には見せないように、人前では見せないようにし続けてきたつもりだった。その上で、彼にできることを、生命を懸けてやるつもりだったし、やり続けたつもりだった。それでも、ダメだった。ダメだった。

 また目の前で、いのちが隠されていくところを、見ているしかなかった。僕は、何もできなかった。何も。

 最後に彼に伝えられることは、君のいのちは、もう二度と、ひとりぼっちじゃないと、いうことだけだった。例え彼自身が彼のいのちをもう二度と見えなくっても、それでも、それは消えることなど絶対にないんだと。君が死んでも、消えはしないんだと。

 きっと僕は元々そんなことを伝えたかったわけじゃない。いのちに触れてほしかった。その豊かさに包まれてほしかった。生きるってどういうことなのか、伝えたかった。全てになって、生きる悦びに、輝いてほしかった。限界のある人生を「溶かして、抱きしめて、気化させて」ほんとうの意味で前に進んでほしかった。

 誰かをテキトーに傷つけてしまう人に、誰かのいのちを簡単に抉り殺してしまう人に、ならないでほしかった。この取り組みは辞めない。彼の見せてくれた奇跡を、ここにちゃんと残しておきたい。

 それはとんでもない希望だったから。

 それはほんとうにすごいことだったんだ。

 とんでもない苦しみの中で、ものすごい誘惑の力に支配されながらも、必死で、必死でその壁を掻き分けて掻き分け、難しくて、もう辞めてしまおうってものすごい大きな声が脳内に響き渡り続けても、それでも君がほんのほんの小さな直覚に誠実になったあの瞬きは、途轍もない奇跡だったんだ。

 やっぱり、どんなに悪魔に支配された人でも、どんな人でも、いのちの力はすごいんだって、その瞬間の温もりは、ほんとうにすごかったんだ。いのちの片割れを待つ僕にとっては、途轍もない希望だった。そしてこの世界にたくさんいるいのちが見えなくなって苦しんでいる全ての人にとって、ものすごい希望だったはずだ。

 結果は僕の力不足で、つまり運、流れが揃わず、彼が見たかったものを見せられなかったけれど、この奇跡は必ず次に繋がる。そして彼のいのちを絶対に僕は忘れない。それは彼自身にとって、本当の安心になってくれることを、切に祈るばかりである。

 ありがとう。

 大丈夫。

 希望が消えることは、絶対にない。

 最後に、彼は僕にこう言ってくれた。それは、きっと彼の最後のいのちの信号だった。

「みなみさんは、大丈夫です。何もわからないけれど、でも大丈夫だってことは、わかるんです。」

 そう言って彼は、扉を開けて、出ていった。

 夢を持ち、輝いた世界を見て生きてくれることを、この世界の片隅で、小さく小さく、願っています。

 彼の最後の一言が、いのちの片割れが帰ってくる予感を、僕にふっと齎してくれた、この日は、とっても嬉しな、いい日だった。