「夢」がないからどうした。君は素敵だ。

「夢」がないからどうした。君は素敵だ。

質問です。

「夢」はありますか?

この質問に「Yes」と答えられる人は、
どれほどいるでしょうか。

でも、貴方が「Yes」と答えようが
「No」と答えようがどうでもいい。
今日はそんな話をします。

学校教育の偏り

今、この社会には「夢」が無いと嘆く人が、本当にたくさんいるように思います。でも、果たしてそれは、悲しいことなのでしょうか?

私たちは、学校(特に幼稚園~中学校)で「あなたの夢は何ですか?」と何度も何度も聞かれ続けて育ちました。

最近では、「“夢がない”という子がかわいそうだから」という理由で、この質問をしない先生もいるみたいですが、「夢がない子」は、かわいそうなのでしょうか?

 

学校で、「あなたの夢は?」と聞かれて、なんと答えましたか?

「私の将来の夢はパティシエになることです!」とか、「私の将来の夢はプロ野球選手になることです!」とかとか、「○○になる」という答えをなぜか求められているような気がして、答えてしまった人が多いのではないでしょうか。

僕は小6まで「プロ野球選手になりたい!」と言ってきました。でも中学で自分の限界を知って、夢がなくなりました。夢がない時は、いつも不安でした。早く見つけなきゃと、いつも焦っていました。

僕は、小さい頃から転校を何度もしたので、それなりにたくさんの人と関わってきました。でも、僕の記憶の中で、「○○になりたい」や「○○がしたい」以外の答えをしている人は、見たことがありません。

つまり、ほとんどの場合、学校で聞かれる「夢」は、「職業」や「目標」を意味します。

「夢」を答えられないと、先生に心配されます。親にも心配されます。

そうすると、「夢」を持たない人は、「残念な奴」という印象が脳裏に焼き付いてしまうのです。

「夢」なんてなくても、毎日一生懸命生きている人がいるのに、この教育のせいで、みんな「夢の呪縛」にかかってしまうのです…。

「夢」の前に「命」がある


さて、私たちは、「夢」を追う人間である前に、みんなが一つ一つのかけがえのない「命」です。

「命」は「奇跡」の積み重ねで生まれます。

私たちは、「夢」を追う前に、「生きている」のです。

「生きる」ということは、「夢を追いかける」だけではないはずです。

息をして、お水を飲み、ご飯を食べて、運動をして、仕事をして、喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだり、、、本当にいろんなことをして「生きている」のです。

さて、その「生きている」中の一つに、「夢を追う」が入っているかもしれません。でもそれは、「ごはんを食べる」のと同じ。「靴を履く」のと同じ。「誰かとお喋りする」のと同じ。「生きる」を彩る一つの方法でしかありません。

だとすると、「夢」が無いことは、あなたが思っているほどたいした問題ではないのです。

あなたがもし、「夢が無いから自分には何もない」と悩んでいたり、「早く夢を見つけなきゃ!」と焦っていたり、そのせいで自分を否定してしまったりするのなら、もうそんなことはしなくていい。

そんなことは、しなくていい。

あなたは「生きている」だけで、どれだけ素敵か、僕は知っているから。

「夢」より「どう生きるか」

学校の先生が教えてくれなかったことがあります。

それは、「どう生きるか」という話です。

僕らは「生きている」のですが、なぜか、「どう生きたいか」ということについてあまり考えたことがありません。

「夢」を考えるよりも、もっと大事なこと。

「夢」がないことよりも、「どう生きたいか」を考えていないことの方が、とんでもなく大きな問題です。

あなたは、どう生きますか?

「どう生きるか」に答えはありません。だから先生も教えられないのです。

でも、もしもあなたが学校の先生になるのなら、「生きる=夢を追うこと」なんて教えずに、「生きるってどういうことだろう?」「あなたはどう生きたい?」「あなたはどんな生き物(にんげん)になりたい?」と子どもたちに問い続けてほしいと思います。

今の学校は、「生き物」を育てずに、「社会の中で夢を追う人」を作っています。

何か目標があって、それを達成するために働くのは「機械」でもできることです。

学校で、「近年夢がない子が増えている」を問題視している先生がいるなら、その人も「夢の呪縛」にかかっています。「夢」が無いことを不幸だと思う先生に限って、「どう生きるか」なんてことは、気にしちゃあいない。

そんな先生の方が、よっぽど悲しい…。

「どう生きたいか」というのは、例えば、僕は、たくさんある。

「自然に溶けて生きたい」とか、
「私が無く生きたい」とか、
「誰かの為に生きたい」とか、
「死んでもいいやと思えるように生きたい」とか、

「どう生きたいか」は、たくさんあっていいし、一つに決める必要もない。

だからこそ、ずっと考え続けていくことが大切。

生きたいように生きれたら、それでいい。

もしも、あなたが大学に行き、就職をして、結婚をして、子供ができて、昇進して、定年で引退して、孫の顔を見て死んでいく人生を送ったとしても、いいじゃないですか。

今、「夢」が無くて困っている人もたくさんいると思います。逆に、今は「夢」があっても、いつかその「夢」は無くなってしまうかもしれません。

人間は、何十年も生きるのだから、だいたいどんな人でも、「夢」がない時期ってのはあったりします。

「夢」がないことに、引け目を感じる必要なんてないし、焦る必要もない。ましてや、「自分はつまらない人間だ」とか、「自分は何もない人間だ」とか、そんなこと思わなくていい。

「夢」に人生を奪われちゃいけない。

大切なのは、大きな功績を残すことではないし、有名人になることでもない。

あなた自身が「どう生きるか」を考えること。

「どう生きるか」を考え続けて、生きたいように生きようとすること。

大切なのは、ただそれだけ。

「生きたくない生き方」だけは、しちゃだめだ。

あなたは、生きているだけで奇跡的なの。

生きたいように生きれば、それでいいの。

 

( お わ り )

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