やってみなきゃわからない理論

やってみなきゃわからない理論

今回は、「やってみなきゃわからない理論」について書いていきます。

ちょっと長いので、時間の無い人は最初と最後のまとめだけ読んでくれればと思います。

「やってみなきゃわからない」理論

日本には昔から「やってみなきゃわからない」だとか、「人にとやかく言うなら自分はちゃんとやってるんだな?」とかっていう考え方が強くあります。

これはとても美しくて素晴らしい日本独特の考え方だと思っています。ですが、これもやり過ぎになってくると話は変わってきます。

いくつか、例を出そうと思います。

あなたが何かスポーツの部活動をしていたとします。家に帰って、「今日あんなミスしちゃったんだよね」とそのスポーツをしたことがない家族に、言ったとします。すると、「そんなミスしちゃだめだよ。そこはこうしてこうすれば上手くいくって!」と言われました。どう思いますか?僕であれば、「え?あなたやったことないじゃん。何が分かるの?」と思ってしまいます。

それではこんな場合はどうでしょう。

世の中にはたくさんのスポーツファンがいます。ファンの人が、選手に向かってヤジを飛ばしたり、ミスをしたら怒ったりすることもよくあります。これって、不思議ですよね。野球なんて本気でやったこともない人が、プロの人に向かって、好き勝手に言いたいことを言ってるわけです。これはいいんでしょうか?

それではこんな場合はどうでしょう。

「食べログ」というのがありますよね。あれは、料理の素人が、店の料理を「評価」して、好き勝手に言ってるわけです。これはどうなんでしょうか。料理人からすれば、「おまえ料理作れねえくせに、なに偉そうに評価しとんじゃ」という話になってしまいませんか?でも、別に料理が作れる作れないとか個人的な好き嫌いに関わらず、たくさんの人が「評価」することで、「店の評価」が生まれることによって、分かりやすくなったり、店を選ぶときの指標にしたりすることができるわけです。これは上手いシステムとして、誰も文句を言わずに回ってますよね。

ちょっと考えてみてください。

このように、なんでもかんでも、「やってみなきゃわからない」「人にとやかく言うなら自分はちゃんとやってるんだな?」を適用したら、矛盾が生じることが世の中には溢れているわけです。それでは、その線引きは一体どこなのでしょう。一体、何には「やってないのに言うな」とか、「やってみなきゃ分かんねえぞ」と言ってよくて、何には言ってはいけないんでしょうか。

ここでもう一度確認しておきたいのは、「やってみなきゃ分からない」は、正しいということです。でも、それをイコール関係で、「やってないのに言うな」にしてはいけないということ。これがとても大事です。

多くの人が、「やってみなきゃわからない」というのは知っています。これは本当に美しい文化です。でもね、だからと言って、全てを「やってないならモノを言うな」というところに繋げてはいけないんです。

たくさんの人が、無意識のうちに「やってみなきゃ分からない。ならば、やってからしかものを言ってはいけない。」と思ってしまっています。僕もそうでした。ここはちゃんと言語化して頭を整理しておいた方が絶対いいです。ちゃんと整理できれば、「やってみなきゃ分からない理論」を振りかざされても正しく論破できますし、心がモヤモヤすることもなくなります。「私なんかがお店の料理を評価していいんだろうか…。」と不安になることもなくなるでしょう。

ここから長いので時間がない人は最後の「ちゃんと整理しよう」にとんでください!

ヤジる側に必要な基準

そりゃね、できることなら、どんなことでもやってからモノを言えたらいいです。でも、私たちは体を一つしか持ってないですし、一人が持てる時間も限られています。そんな中全てのことをできるなんて無理なわけです。でも、それでも人々は助け合ってしか生きれません。やったことがない人も、モノを言わないと、各々が孤立したクソつまらない世界になってしまいます。

だから、恋人に相談されたときに、どこまで言っていいのか、息子が家に帰ってきて部活のミスを話してくれた時、どこまで言っていいのか、野球ファンは、どこまで選手に言っていいのか、私たちは、どこまでお店の味に口を出していいのか、その基準をちゃんと考えてみましょう。まずはやったことないのに言う側の基準です。

大切にしなきゃいけないのは、「その人が、価値を不特定多数に提供して、不特定多数の人から対価を得ているか」、もっと分かりやすく言うと、「提供してくれた価値に、自分が何かしらの対価を払っているか」という基準です。

ヤジを飛ばす野球ファンのおじさんに、「なんであんたは野球やったこともないのに、一生懸命プレーしてミスをしてしまった選手のことをヤジることができるんだ?」と聞くと、だいたい返事は二種類です。「応援しているから」と、「お金を払って試合を見に来ていて、グッズを買って、彼らはそれで生きてるから(=プロだから)」のどちらかです。

応援しているから理論

まず、「応援しているから」理論については勘違いも甚だしいです。応援しているだけの人が、やったこともないことに対してヤジったり怒ったりするのは、美しくないでしょう。やってみて、言うならわかる。だれかを応援したいなら、まずはその人の気持ちを想像するべきです。この心がとても大事だと思います。想像するためには、やってみることは大事です。やってみたら、気持ちを想像しやすくなります。つまりやったことないなら、ほとんど実際やってる人の気持ちなんて想像できないんです。なのにヤジを飛ばすのは、正直、「応援している(気持ちを想像している)」とは言いにくい。だから、もしも、やったことないことに対して、アドバイスをしたり、慰めたりしたくなったら、一生懸命一生懸命相手の気持ちを想像して想像して想像してみることが大事だと思います。でも、やっぱりそれでもやったことがなければ想像するのは難しいので、その「こと」に対してアドバイスしようとか考えるんじゃなくて、その「人」に対して寄り添えればいいのだと思います。

お金を払ってるんだから理論

次に「お金を払ってるんだから(プロなんだから)」理論は、かっこよくないけれど、残念ながら大事なことです。例えば、どんなに野球が上手くても、見てくれて、お金(何らかの対価)を払ってくれる人がいないと、野球はできないわけです。「食べログ」も同じです。お金(何らかの対価)を払って食べてるなら、「評価」をしていいわけです。

上司に部下をヤジる権利はあるのか

ここで気を付けなきゃいけないのが、部下が、その仕事をやったこともない上司にヤジられるのは微妙だということです。その上司が、部下に対して、お金(何らかの対価)を払ってくれてるわけじゃないですよね。でもね、上司は「責任」という対価を支払ってる場合もあるので、部下をヤジったり怒ったりすることをしていいという見方もできてしまいます。だから「パワハラ」は問題になるんです。勿論その会社の顧客や株主がヤジるのは、ありなんです。成り立つんです。なんかしらないけど、上司になると「自分がいるおかげで部下がいるんだ」という謎の思い上がりになりがちです。この「責任の所在」とか「連携責任」とか「任命責任」があるから、だから「パワハラ」する人は消えない。僕的には「責任」は「時間」とかと同じようにそれ自体が「価値」ではないので、上司には部下をヤジる権利は無いと思っています。そもそも会社やチームで大切なのは、内部での「価値の相互関係」を作ることではなくて、全員で一致して顧客に対してのみ、「価値」を提供することであって、そこにのみOne Teamで必死になるべきだと思っています。

ヤジられる側に必要な基準

次に、「ヤジられる側」にとって大切なことを考えましょう。上とは少し違うので注意が必要です。どこから「やってないのに偉そうに言うな」とか「あなたには私の気持ちは分からない」とか「そんなに言うならお前がやれ」とか言っていいのでしょうか。

①対価を払ってくれているか

まずは上と同じように、「向こうが対価を払ってくれているか」を考えましょう。対価を払ってくれているなら、素人にヤジられても文句は言えません。最低な素人にヤジられるのがイヤなら、そういう人から対価を得ないようにすることです。まあ、プロ野球選手もファンは選べませんし、ラーメン屋も客は選べません。つまり、しょうもない素人にヤジられる可能性を捨てられない職業なわけです。もしも本当に素人にヤジられるのがいやなら、プロ野球は「後払い」にすべきですし、ラーメン屋も「後払い」にして、「サービスに満足したら対価を払ってください」という商売をするべきです。こうしたら、ヤジる奴らは対価を払わないので、ヤジってきたら、「うるせえ、お前に何が分かる!」と突き飛ばしていいわけです。

大事なのはここからです。

「対価を払ってくれてない」ならば、何を言われても、「うるせえ、お前に何が分かる!」と言うのは、正直損しています。

②自分の気持ちを想像してくれているか

二つ目の基準は、「その人が、自分の気持ちを想像しているのか」ということです。

その人が、対価を払ってくれていなくても(例えば友達関係とか恋人関係とか家族関係とか)、「その人が自分の気持ちを想像しているのか」を大事にしていくと、ありがたいものをたくさん受け取れることがあります。お母さんが、僕の部活動でのミスを聞いて、その私の気持ちを想像して何か言ってくれた時、僕はとてもありがたいものを受け取れるでしょう。

ちゃんと整理しよう!

まとめます。

やったこともないのにとやかく言う側の基準

①「提供してくれたものに対して自分が対価を払っているか」…もしもあなたが対価を払っているなら、ヤジをとばしても、評価をしても、アドバイスをしても、良いかと思います。

やったこともない奴にとやかく言われる側が、「あんたになにがわかる!」と言ってもいい基準

①「対価を貰ってしまっているか」…あなたが対価を貰ってしまっているなら、「やったこともないのに言わないでよ!」なんて言えません。対価を貰ってないなら次の基準へ。

②「自分の気持ちを想像してくれているのか」…たとえそれが間違っていても、自分の気持ちを一生懸命想像してくれているなら、ありがたく受け取るといいと思います。

たくさんの人がこのあたりの基準が曖昧で、「やってもないのにモノを言うな」とか、「若造がモノを言うな」とか「知識もないのにモノを言うな」とか、的外れに使ってしまっています。そして、それに疑問を感じて生きています。色々基準を書きましたが、結局一番大事なのは、そこに相手への「想像力」があるのかどうかだと、僕は思います。

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