“動く星”の先に何が見える

“動く星”の先に何が見える

今日はね、ちょっとある遠い星のお話をしようと思います。

先に言っておきますが、あまり役に立つ内容ではありません。

でも僕はとても大切なことだと思っていることです。

動く星が生む “瞬間”

今日、19時11分から13分の間に、南西の空から、南東の空に向かって、「ゆっくり動く星」が見れました。ゆっくり動く星?それは、、、そう、「国際宇宙ステーション」です!僕は19年も生きてきて初めて、国際宇宙ステーションをちゃんと見ました。(よく見れます。)

正直な感想を言います。

その「美しさ」に感動することはありませんでした。なぜならそれが人工物の鉄の塊であるというバイアスが僕の頭にあったからです。(たぶんそれを知らずにあれをただの流れ星だと思っていたら素直に感動したでしょう。)結局人の心を癒すのは「自然」だということを改めて感じました。

ただ、その「美しさ」に感動することはなかったのですが、実はもっと違うことにとても感動しました。

まず、あの星に人がいるということです。それはロマンですよね。ワクワクします。凄いですよね、なんか普通にめっちゃすごい。あの星にですよ、人がいるんですよ、今この瞬間も。凄いですよね。

ただ大事なのは次です。こっちのほうが僕は現実的に感動します。

日本中で、今たくさんの人が、この一つの動く星を見て何かしらの理由で感動しているということです。でも、それが誰だかは分からないし、誰かが誰かを知っているわけでもない。

でも、それこそ宇宙兄弟の南波兄弟のように、あの小さな小さな光を見てとてつもなく大きな夢にワクワクしてる人がいるかもしれない。日常に疲れて、空を見上げたら、動く星がふと目に入って、涙を流している人がいるかもしれない。

あれを見て、一体どれだけの人が、それぞれの想いに深く浸っていたでしょうか。そしてその時間を共有したのでしょうか。ある種、あの一つの光を見ていた人たちは、繋がっていたのです。僕はこの現象に、とても、とても、とても、とっても感動します。

あの小さな小さな動く星を見ながら、

僕は、想像します。今一体どれだけの人がこの動く星を見ていて、その一人一人に、一体どんな人生があるのだろうか、一体どんな感情があるのだろうか。

僕は思います。その一人一人、今僕と同じものを見てる一人一人は、みんな、一生懸命、一生懸命生きてるのだろうと。

僕は思います。その一人一人に、数えきれないほどの、辛い経験や悲しい経験、嬉しい経験や楽しい経験があったのだろうと。

どんなに頑張っても、できなかったことも、上手くいかなかったことも、諦めてしまったことも、

理不尽に、懸命の努力が一瞬でなかったことのようにされたことも、

自分が分からなくて泣いて泣いて泣いた時も、

大事な人に、嫌われたかと悩んだ時も、

傍にあった温もりが突然無くなって、生きる意味を見失ってしまった時も、

本当のことを言えなくて、後悔にさいなまれた時も、

誰も頼る人がいなくなって、死にたくなんかないけど死にたくてしょうがなかった時も、

そんな苦悩など忘れさせてくれる人や時間に、助けられた時も、

楽しくて、楽しくて、ただ楽しくてしょうがなかった時も、

嬉しくて、嬉しくて、ただ嬉しくてしょうがなかった時も、

また、前を向いて、頑張ろうと、思えた時も、

ああ、どんなにたくさんの、一生懸命一生懸命な出来事が、そこにはあったでしょうか。うまくいこうがいかまいが、それは間違いなく一生懸命だった。それだけで、いい。

僕は、絶対に忘れない。

みんな、みんな、誰だって、一生懸命、一生懸命、生きてるんだっていうことを。

凄い。それだけで本当に凄い。

僕は言いたい。

大丈夫だよ、って。

悪くなんかない、って。

優劣なんかない、って。

それで、大丈夫だ、って。

大丈夫だ、って。

あなたに伝わればいいな。大丈夫だから、ちゃんと前を向いて、大切な人との大切な時間を、最高に楽しんでって。

その人が、どんな人生を、歩んできたのか、分かるはずはないけれど、想像して、想像して、その尊さを、深く深く味わえる人であり続けたいと、強く強く思います。

絶対に同じではない、この世界でたった一つの人生を持つ人たちが、お互いのことはたいして知らないのに、それでも小さな小さな一つの光を見て、通じ合えるということ。これはとても、とても大事なこと。感動的なこと。凄いこと。美しいこと。尊いこと。

だからこそ、だからこそ僕は、こんな瞬間がもっと世界中に溢れるように、そんな世界を創りたいと思っている。スポーツや音楽を通して。

ちなみに宇宙兄弟にはこんなセリフが出てきます。

「この世でヒーローと呼べる職業は、宇宙飛行士とサッカー選手だ。」

僕はこのセリフの意味を誰よりも理解している自信があります。

あなたは、“動く星”を見て、何をどこまで深く感じますか。

“学び”の本質はここにあると、僕は思います。

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