せっかく「人間」

せっかく「人間」

いつも読むだけで後々大きく活きることをこのブログに実はバンバン書いてるんですが、(大切なことを普遍的な内容に変換して書いているので)たぶん実感は少ないと思いますが、曲解せずに自分の現実的な道に素直に落とし込めばいろんなところで役に立つとは思います。でも、記事がいつも長すぎるので、読んでくれる人が減りそう。そりゃもったいない。もっと短く、読みたくなるような文章を書けるように気を付けようと思って反省しているなんくんです。(いきなり長い…)ちょっと字も小さくします。

いつもは、普遍的なことばかり書いてるんですが、今回はちょっと変わる可能性もある僕の今の“生き方”に対する現状の考えを書こうと思います。

あなたも、わたしも、人間だ

一度は考えたことがあると思います。

「生まれ変わったら、何になりたい?」

僕は特定の宗教を信仰していないので、イマジネーションの妄想話なんですが、僕は、死んだらまたなんか違うものとしてこの世に誕生するかもしれんなあ、とか考えて、ニヤニヤしています。

そもそも、この世に、僕という存在が誕生したのは、マジで奇跡です。今、その場から200m離れたところを歩いてる小さなアリに、目隠しした状態で方角も分からないまま野球ボールを投げて、当たるくらい奇跡です。

そして、これも妄想話ですが、僕が人間として生まれてきたのも、またもっと奇跡です。(これはけっこうアニミズム的な考え方に基づいている気がする)。今、音楽の初心者の僕が適当にギターを触って鳴ったワケわからないメロディーが、全世界でヒットしてビルボードで世界記録を更新してギネスに乗るくらい奇跡です。

そう考えたら、人間でわざわざ生まれてきた意味を、ちょっと考えてみたくなったりするもんです。

僕は思うんです。

「せっかく人間で生まれてきたんなら、人間らしく生きたいな。人間としての人生を謳歌したい。」

まあそんなことを最近は頻繁に思うのです。

するとこんな疑問に続きます。

「人間らしく生きる」ってなんだろうか。

それを考え続けていって、自分なりの答えを創っていくのが人生なのかもしれないとも思うわけですが、

最近僕は、自然と共に、生きていくのが、人間らしいと感じたりしています。

今回のコロナもいわば自然の一つですね。

これまで、自然と言うと、森、山、海、木、花、土、地球、天気、風、などなどのようにあるがままの「自然」を「自然」と、人々は呼んできました。でも、これからは「デジタルネイチャー」的な、「テクノロジー」と「自然」が、それすなわち「自然」として認められていくように、人間の価値観が変容していく気もします。

「自然」と「人間」の関わり方もどんどん変わって行くでしょう。

そんな中でも僕は、「自然」を敬って生きたいと思うのです。

そして、「人間」として、「人間」を愛していきたいと思うのです。

これは僕の不変の軸、「敬天愛人」とも繋がります。

せっかく人間として生きてんなら、人間らしく生きたいものです。

この話を、今の自分に落とし込んでください。悩んでいることに、ちょっと面白い視点が加わると思います。

「せっかく人間として生まれたんなら」

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