「優しさ」が生む思考停止 対談#1-1

「優しさ」が生む思考停止 対談#1-1

Profile「原 貫太」
職業:
フリーランス国際協力師
経歴:フィリピンで物乞いをする少女と出会ったことをきっかけに、学生時代から国際協力の仕事を始める。在学中NPO法人コンフロントワールドを設立。大学卒業後、適応障害を発症し半年間の闘病生活を経てフリーランスとして国際協力活動を再開。現在はウガンダ北東部で女子児童に対する生理用品支援などに従事している。

あの人は何を感じ、何を想い、どう言葉を紡ぐのか。対談企画の第一回は、国際協力と発信と無所属を掛け合わせ、「世界の不条理を無くしたい」と願い生きる原貫太さんに、お話を伺いました。その内容を南大樹が二回に分けてお送りします。第一話は、「『優しさ』が生む思考停止」です。

目次
第一話
YouTubeでの発信について
「優しさ」が生む思考停止
第二話
「生きている」と感じる瞬間
日本と世界の「考える」
「目の前の愛」の大切さ

 

Youtubeでの発信について

 南
———

ウガンダに行った時はありがとうございました。(ウガンダでポークジョイントを奢ってもらいました。)

 原
———

いえいえ、こちらこそ。

 南
———

あれが2020年の3月初旬でしたが、あの頃にはもうYouTubeでの発信を始められていました。それから約1年が経ちました。ここまでYouTubeの発信をしてきて、どうですか?

 原
———

YouTubeの発信を本格的に始めて、1年ちょっとくらいで、ようやく芽が出始めたって感じですかね。最近登録者も45千人くらいまで増えて、仕事としてのYouTubeは完全に軌道に乗ってきたかなという感じですかね〜。

 南
———

すごい右肩上がりですもんね。

 原
———

今まで色んな、特にTwitterとかで発信はしてきたけど、やっぱりYouTubeの発信が一番凄いなと思ってますね。

Twitterって基本的には140文字で何を伝えるかって媒体なので、それはそれで良さはあるけど、でも圧倒的にYouTubeの方が言葉・写真・動画・音楽を入れられるし、あとは表現力も問われるので、情報量を伝えるって場面ではポテンシャルが高いな〜と思いますね。

それに「YouTubeを見て原さんを知りました」みたいなのが凄く多くて、僕は完全に顔出しでやってるから、「そこでその人が話してる」ってのがインパクトがあるみたいで、やっぱり自分の影響力を広げるという意味でもYouTubeは圧倒的なツールだなぁと感じますね。

 南
———

なるほど。ちなみに視聴者の年齢層って、結構下なんですか?

 原
———

まぁ半分くらいが、34歳以下って感じかな。もともとチャンネル登録者が少ない時は、全体の半分以上が24歳以下とかでZ世代みたいな世代が多かったけど、今は半分ちょっとが34歳以下みたいな感じですね。

 南
———

意外にも上がってるんですね。僕も見て勉強させてもらってます。あれは、どうやって調べてるんですか?英語の記事とかを読むんですか?

 原
———

あ〜。まず2つあって、学生の頃から僕はかなりライターとしての仕事をやっていたので、その頃に書いた記事をベースにしてる動画が半分くらいありますね。例えば直近の動画だと、コンゴの性暴力の動画をアップしてかなり反響があったんですけど、実はあの動画は4年くらい前にテラ・ルネッサンスでインターンをしてた時に書いた記事で、実はそういうのをベースにしてるのが結構あります。

とはいえ7割くらいは最初から動画作ってて、まあ基本的に僕週3冊くらい本を読むので、読みながらテーマを探して、それをベースにしながらネットを調べまくって、あとは自分が覚えていることと自分の見たことを加えて、喋る原稿を完璧に作って、それで動画を撮影して制作しています。

 南
———

お〜なるほどぉ~

 原
———

分かりやすい?俺の動画。

 南
———

やっぱり動画や写真が多いのでイメージがしやすいし、そこにしっかりデータが入ってくるのでめっちゃ分かりやすいです。ちゃんと最後まで見れる作りになってますよね。

 原
———

原稿作り込む作業でも2~3時間くらいかかるからね〜。音読も書き直しもたくさんするし、その過程で自然と分かりやすくなってるのかな〜。

「優しさ」が生む思考停止

 南
———

ちょっと話は飛んで行くんですけど、最近僕が思うことがあって、原さんと同じように、「みんなの機会が平等になればいいなぁ」と願って、「ジェンダー平等」であったりとか、「選択的夫婦別姓」であったりとか、色んな問題を訴えている人が日本にたくさんいると思うんですけど、そういう人たちの訴えがすごく過激になってくることがあると思うんですね。

そんな感じで、社会の「発信」に対して何か感じたり、違和感を抱くこととかってありますか?

 原
———

あー!ざっくり言うと、リベラルとか人権派の人たちの発信がちょっと極端になってしまってることが多いってことだよね。

 南
———

そうですそうです。

 原
———

あ〜、なんかそれは感じること結構あって、まず前提として、僕もつい最近、「平等の社会っていうのは本当に実現できるのか」っていうのをオンラインサロン(Synergy)のメンバーとも議論してたんだけど、現実的に今の社会で「平等な社会」を実現しようとしても、まあぶっちゃけ難しいよねっていう。

そこよりもまずは、本当に今生活が0以下のマイナス状況で、絶対的貧困と呼ばれるような苦しみの状態にある人を、まずは引き上げるとこを優先すべきだと思いますね。

あとは「結果の平等」じゃなくて、「機会の平等」ってのは追求していく姿勢を持つべきだよねって。

全員が全員超高等教育を受けられるべきかって話になると、色々難しい議論があるんだけれど、まあ例えば日本だったら、高校進学率は99.7%って言われていて、あと0.3%の人は経済的な理由で行けないっていうのはなんかおかしいよねっていう。

常に機会にアクセスできるための平等な社会は、絶対目指すべきかなっていう議論をしてたんだよね。まあ前提として、「結果の平等」はなかなか難しいけど、「機会の平等」を実現していくところは、考えていくのは大事だよねってことですね。

 南
———

うん、うん。

 原
———

ただ〜、そのリベラルとか人権とか訴えてる人たちが、視野が狭くなってしまう傾向があるのかなってのは実は僕も思ってて、正義感があまりにも強すぎると、その正義感を振りかざしてしまう人が、特にネット上とかを見ていると多いなというのは思いますね。

まあなんでかって言うとネットという言論空間が、誰にも遮られない特別な空間であるからこそ、その強い正義感を持っていればいるほど、振りかざしてしまうという、、、。そもそもネットっていうメディアの特性上、そうなってしまう部分もあるのかなと思ってます。

一つ具体例として思い浮かんだのが、この前アパレル産業のSDGs推進企業の展示会に取材に行ってきて、新疆ウイグル自治区のことも使って展示してる企業があったのね。僕もウイグルの問題とか知ってるから、そのウイグルって文字を見ただけで、ここの企業は人権侵害とかに関わってるんじゃないかって思ったんだよね。

よくよくちゃんとそこのスタッフに聞いてみたら、「ウイグルって一言で言ってもめちゃくちゃ広くて、私達はウイグル地区の東部の方でやっていて、よく問題になってるのは西部の方かな。絶対人権侵害にならないようにちゃんと気をつけてやっている。けど、メディアとかで『ウイグル』っていうでかい主語で語られると、私達も風評被害を受けて困ってるんだ。」って話をしてて、なんか正義感が強すぎると逆に視野が狭くなって、でかい主語で物事を考えてしまうっていうのはあるのかなって思うんだよね。そこは、気をつけなきゃいけないなっていうのは思ってますね。

 南
———

そもそも「人権」って言葉そのものが、ヨーロッパから生まれてきた言葉で、「人間」という概念もそうだと思うんですが、なんか日本人がそれを無思考にスっと受け入れてしまって、「これは差別だ!」とか、「これはダメだ!」というのをかで判断するようになっちゃうってのが、なんか日本人のもともとの文化から生まれてきた良さを消してるなって思ったりすることもありますね。

 原
———

そうね。

アフリカ行ったことあるから分かると思うけど、今の世界ってのが病的なまでにヨーロッパ中心主義というか、欧米中心主義になっているよね。

欧米諸国とかは「人権」ていうのを訴えていたりするけど、まあ例えば、「テロとの戦い」って「人権」と同じような部類で語られるけど、でもなんかあれだって結局「テロとの戦い」をある意味一つの謳い文句にして、中東に侵略して行ったみたいな歴史もあるわけですよね。

だからなんか、「人権」とか「テロとの戦い」イコール「絶対的に素晴らしいもの」って思わずに、勿論大事なことではあるけど、そこで思考停止するんじゃなくて、批判的な視座で捉える姿勢っていうのは絶対に若い頃のうちに養わなきゃいけないって感じますね。

やっぱりアフリカを見る時にも、どの視点でアフリカを見るかによって、全然現地で見える問題とかって変わってくると思いますからね。

 

(第二話へつづく)


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