言い訳かもしれない。

言い訳かもしれない。

こんばんは!またまた1週間が経ちました。

明日で8月も終わりという頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

わたしはここ1週間、いや2週間ほどはあまり能動的に過ごせず、だけどテンション的には今くらいをキープするのが良さそうな気はしていて、このテンションでにこやかに過ごせるこころを持てたらいいなぁと、かなしみながら願っているところ。

ときたまシニテーナちゃん(死にたいなを擬人化した)があらわれてくるけど、まずは今、生きてるもんね。生かしてもらってるもんね。シニテーナちゃん来るけど同時に、でもじゃあこのまま死にたくないとも思ってる。

自分のことを過大評価も過小評価もしすぎず、期待しすぎず、気楽に生きていきたいねぇ〜。今はそんなモード、きもちです。

.

そんな中最近、住野よるさんの『君の膵臓をたべたい』を読み返して、読み終えて、いろんな「生きる」があるよなぁと思いました。そりゃそうやん、て感じだけども。

ひと月くらい前かな?たぶんまだきもちが高揚気味なときにしおりをはさんでいたところ。

「でも今、それをやってないじゃん。私も君も、もしかしたら明日死ぬかもしれないのにさ。そういう意味では私も君も変わんないよ、きっと。一日の価値は全部一緒なんだから、何をしたかの差なんかで私の今日の価値は変わらない。私は今日、楽しかったよ」

物語の序盤に出てくる言葉。大病を患う余命1年の女の子が、唯一その事実を知るクラスメイトの男の子に言った言葉。

「一日の価値は全部一緒」

たぶんここがこころに残った気がする。

.

わたしは今日は、ピアノを弾いた。

双極性障害や発達障害についてのYouTubeを観た。

塾で子どもたちと国語社会英語の勉強をした。

未来について悩み過去を振り返りながら過ごした。

おなかがすいてごはんを食べた。

深呼吸したらきもちが落ち着いた気がした。

今はまだまだ待つときだ。そんなふうに思ってる。言い訳なのかな?だけどあせらない。

恐れからではなく愛から、浮ついた高揚感ではなく底からじんわりとなにかが湧き出てきたとき(時機)を逃さないように。そのときには勇気と信頼とともに動けるように、今はあせって動かない。

.

『ゆくり遺書』カテゴリの最新記事