第10回 いのちの願いと天の川のゆくえ

第10回 いのちの願いと天の川のゆくえ

さようなら。までのカウントダウンがはじまりました。今回で第10回目の更新となりました『水になる』ですが、残すところ今回分を含めて3回になります。いまのことろ穴をあけることなく毎週続いています。まぁそれも、きっと読んでくれているあなたがいるからに違いありません。ありがとう。

さて、なぜ終えるのかというと、終わりがある方が生きると思うからです。人類において「死」は大発明なんじゃないかと思います。「葉隠」という江戸時代に書かれた武士の指南書のようなものを知っていますか?そこに書いてあるのが、「武士道とは死ぬことと見つけたり」とあります。これはぼくなりの解釈なんですが、死(終わり)を見つめると大切にしたいことが見えてくる」そんなふうにとらえています。

というわけで本連載も終わりがある方が武士道が見つかるかもしれないと、終わりを設けることにしました。残り3回ほど戯言にお付き合いください。

 

 

夢会社の話

とはいえ、残り3回でなにを言いたいのか。今日は頭の中のメモの切れ端をこちらに置かせてください。いかがわしいでたらめなぼくの妄想に過ぎない話です。

 

 

未来では、夢会社というものが存在しています。

株式会社というのは、利益を出して社会に貢献するのが目的です。そして株式を発行して売り上げを株主に配当として還元する。そういう仕組みかと思います。夢会社も構造は似ているんですが、還元するのは金銭的対価ではなく社会益とそれに関与できている幸福度です。また、社員とお客さん(ユーザー)の境界線も極めて薄く、お金を払うということでそのプロジェクトに参加します。商品やサービスが単純に便利さや役に立つということを超えてその夢会社が見ている世界、見ているビジョンに投資するという感覚です。

NPOと株式会社とクラウドファンディングが全て混ざったようなもののような気がします。

 

 

すでに強烈なビジョンを見ちゃってるんじゃないかと思うんです。

これまたちょっとジャンプしちゃってもいいですか?もうぼくらは、出会っちゃってるはずなんです強烈なビジョンと。そうでなければここに存在して、この記事を読むということに至っていないんじゃないかと思います。いつ出会ったのかというと、あの全てが全である水の時です。しかし水の状態ではそのビジョンを体験できません。それを体験するには実体が必要です。その強烈なビジョン、喜び、それを体験したい!その願いが実体を、ぼくらを生みました。その強烈なビジョンを夢といいます。保健体育では精子と卵子が受精して〜と教わったと思うんですがそれだけはないんです。そして、いまでも寝ている間に夢を見るかと思うんですがそれは水の時代の名残です。つまり、そうなるとあなたの正体は夢なんです。またはいのちの願いと言い換えることもできるかもしれません。

しかし、厄介なことがあります。それは記憶を失ってしまうことです。水であった時のそのビジョンの記憶はどういうわけか、いのちを得たときに手放されてしまうようです。ですが水自体が記憶装置でもあるので、体内にある水に記憶は貯蔵されています。ただそこにアクセスするのはなかなかむずかしい。この『水になる』はその記憶に触れるための媒介。になるのもしれない。

 

(高知県の川がめちゃくちゃきれいでした!)

 

そんなね、いのちの願いがキラキラと星みたいに輝いて、その集合体できている天の川のようなそんな景色を見てみたいですね。

 

それでは来週までお達者で!

 

 

【畑からのお便りのコーナー】

かわいい野菜たち!

 

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