世界はいっぱい

世界はいっぱい

こんにちは!きよしです。

前回の記事にも書かせてもらったのですが、最近はもっぱら「人によって見えている世界が違う」ということにハマっています。もう、面白くて仕方がないのです。

みなさんは、自分は右脳派だと思いますか?それとも左脳派?僕はずっと右脳人間だと自負して生きております。感情で動くタイプといいますか。

自分が「素敵だな」って思う人は、右脳がビンビンの人が多いなって思います。きっとこの人から見ると、世界の片隅に常にきれいな花が咲いていて、普通の人には見えない何かが見えているんだろうなって、思わせてくれる人。

最近、僕はアートって本当に面白いなって思って。岡本太郎さんを始めとした現代アーティストに惹かれています。

なんか、「なんでこの絵が〇〇万円もするんだ?」っていう絵とかあるじゃないですか。いや、正直今も、誰がこんな値段付けてるんだって謎なんですが、僕が凄いなって思うのはそこではなくて。

多分、アーティストの人たちって、本当に世界がその絵のように見えているんだろうなってことです。色とか、形とか。普通の人には見えないものを見てる。

いや、でもアーティストのみに限らず人はみんなそれぞれ違う世界を見てると思うんです。で、それを人に伝えるための手段がアートだと思うんです。絵もそうだし、歌とかダンスも。

だから、最近は、アーティストだけじゃなくて素人含め色んな人の表現をもっと見てみたいなって思います。

 

解釈の無限性

さて、みなさん。リンゴと聞いたら何を思い浮かべますか?

これは、「リンゴと言ったら~」という一般論的なことではなくて、

リンゴと聞いて、頭の中にはどんな物語や描写が思い浮かびますか?ということです。

僕は、皮をむいて10糖分くらいにされたリンゴの切り身が、塩水にひたされている、そしてそれを手にとって半分くらいかじる、かじった時の音、などが浮かびました。

きっと、これ人によって違いますよね。物事は「リンゴ」という1つだけなのに、それの捉え方って人の数だけあると思うんです。

さらに、リンゴは一般的に「赤」だと言われていますが、人間ではなくて、他の動物や虫には何色に見えているのでしょうか?

人間以外の生物の捉え方も数に入れると、世界には無限の「リンゴ」があると言えますよね。でも、僕が今日気になるなって思ったのは、「じゃあ、リンゴ本人(?本体?)は、なんていうんだろう」ってことです。

リンゴ「君たち人間は、僕のことを赤色だと言っているね。ただ、僕は本当は〇〇色なんだ」

って。

、、、、ここまで追いつけていますでしょうか。

ものを言えるのは

ただ、当たり前なのですが、リンゴは話しません。それに、話せたとしても「色」という概念はないかもしれません。

でも、これが「人」だったらどうでしょうか?

人は、話せますよね。だから、「本当のところどうなの?」っていう問いかけに応答できるわけです。

今この文章を通してあなたの頭の中には、「神澤清」のイメージができているわけです。ある人からすると、「この人ってきっとクールな人だな」とイメージするかもしれないし、「この人はさぞかし真面目なんだろう」とイメージするかもしれません。

さっきのリンゴと同じように、僕「神澤清」の捉え方も、世界に無限にあるのです。

でも、例えばなんですけど。このブログで、僕は一人称を「僕」にしていますが、この神澤清、実は性自認は「女性」ということもなきにしもあらずですよね。

僕は性自認は男性なのですが、もし、読んでくださった方の中に、「この中の人、実は女性なのでは!?」と思う方がいたとしましょう。

その方の頭の中で、「神澤清」は「女性」だったとします。

 

ここで、思い出してみましょう。「リンゴ」の存在を。

 

ある人が、「リンゴ」は「赤色」と捉えるとします。その人は、リンゴはほんとうに赤色なのか確かめようと、リンゴに「きみは赤色で間違いないよね?」と聞いても、リンゴは応答なしです。

ただ、、、

ある人が、「神澤清」は「女性」と捉えるとします。その人は、神澤清はほんとうに女性なのか確かめようと、神澤清に「きみは女性で間違いないよね?」と聞いたら、僕神澤清は「いいえ。男性です。」と言うわけです。

 

解釈の絶対性

長くなってしまいましたが、つまり何が言いたいかというと、

現在この世界において、「いいえ。私は~です」と言えるのって、人間だけじゃないですか。

「誰がなんていおうと、私は私」って言えるのって人間だけなんです。

だから、オリジナルを大事にしましょうっていう。他の誰にも、自分という存在の絶対性を奪われない。これは凄いし、権利だと思う。誰かに渡しちゃいけない。

それが、マイナスに働くならなおさらだ。「あなたは劣等生だ」と言われても、あなたが「わたしは優等生だ」と言い続けるのなら、あなたは「優等生」だ。これは誰にも奪われない。

誰もがみんなオリジナル。同じ世界を見ている人なんて1人もいないのだから、あなたが見ている世界には、何にも代えられない「希少性」がある。

だから、僕は色々な人の世界を見てみたい。し、色んな人が堂々と自分の見た世界の感想を言えるようになったらもっと面白いな、と思う。

 

 

という、以上。今の僕の頭の中なのですが、共感してくれる人がいたら嬉しいな。語りましょう。

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