黒船の正体 第四章『弱いものを守ること』

黒船の正体 第四章『弱いものを守ること』

どうも。朝5時の自然の声を、一生懸命聞いてみる、昼夜逆転なんくんです。

今、コロナで緊急事態宣言が出ています。

先日、大阪の知事が、営業停止の要請を無視して営業を続けるパチンコ屋は、名前を公開する!と言って、賛否両論の議論を呼びました。

これに関する僕の意見は、「公開しようがしまいが、腐ってるのは実はもっと他にあるだろ、それに気付かず誰かを晒し上げることで営業を止めようとするのはあまりにも頭が悪い」です。

根本がアホである

まず、この「公開処刑」を「公開処刑」だと思ってる知事と多くの国民に対して、言わせてもらいます。パチンコ屋の名前を公開すれば、世間から風当たりが強くなるから営業停止するだろうとか、そんなのはとんだ勘違いです。パチンコ屋はそもそも「好感度商売」などしていません。「中毒者」をターゲットに、ある種のエンタメを提供するビジネスです。そもそもはなから「好感度」などないのです。だから見てください。公開されても、営業は続けますし、客もバリバリ入ります。もしも公開すれば、風評被害で営業をやめると思ったなら、根本的にアホですね。(しつこくやればやめるとは思うけど風評被害は関係ない)

パチンコ屋の商売

次に、パチンコ屋についてです。
今述べたように、パチンコ屋、パチンコ業界はかなり強固な産業で、そこには「愛」もなければ「義」もありません。弱い人から金を取り、それで美味しい飯を食う、人を楽しませつつ傷つけることで成り立つ商売です。勿論最初は、エンタメとしての要素が強かったでしょうし、今もエンタメ(娯楽)としてパチンコをたまに楽しむ人もいるでしょう。しかし、パチンコ屋は、そこではなく、「中毒性」による利益をメインにしています。ゲームセンターとかで、UFOキャッチャーをして、「うわあ!くそ、もっかいだ、もっかいやればいける!」という感覚になったことはないでしょうか。これが「中毒性」です。これを利用して商売しています。これをどう思うかは人それぞれです。

それでもパチンコ屋に行く人

次に、「それでもパチンコに行く人」についてです。その中にはパチプロで生活費を稼いでる人もいるでしょう。一方、それ以外の人は「中毒者」が大半だと思います。(仕事無くして一発逆転のギャンブルにしか希望を見出せなくなった人もいるかもね。)
では、彼らが「パチンコ中毒」になってしまうのはなぜなのでしょうか。僕らは、無意識のうちにそういう人を「弱いカス」のように認識しています。しかし、一度立ち止まって考えてください。「パチンコ中毒者」も、一人の人間です。僕たちと同じように、心には「優しさ」もあり、「苦しさ」もあり、「寂しさ」もあり、「温もり」もあると僕は思います。彼らが、「中毒」になってしまったのはなぜでしょうか。それを真剣に、丁寧に考えてみましょう。

多くの人はこう言います。
「彼らは弱いから、現実から逃げて、パチンコにはまってんだ。」「彼らは弱いから、そこから抜け出せないんだ。」・・・確かに「弱い」のかもしれない。じゃあ「弱い」人のことを、他人事のように「弱い」と言ってるだけの人と、ネットで叩いたり晒し上げたりしてる人は、「弱い」よりももっと欠けてるものがあるのではないでしょうか。いや、そういう人の方が「弱い」ということはないでしょうか。

さあ、じゃあ聞きますが、あなたは、自分にすぐ負けてしまう「弱い」人が、近くにいたとしましょう。その人のことを、あなたは他人事のように「お前弱いな」と言いますか。それとも、「あいつマジ弱いわ」と友人に悪口を言いますか。身近な人なら、応援するかもしれない。でも、例え身近な人でも、体を張ってその人を抱きしめようとする人は少ないのではないでしょうか。それなら身近じゃない他人なら、もっと無関心でどうでもいい、という人が、大半なのではないでしょうか。

僕はね、思うんです。

そういう社会が、そういう「弱い人」を生んでるのだと。悪いのは「弱い」彼らだし、「もっと弱い」僕ら、だと思うんです。

そこに思いを巡らすこともなく、多くの人々は、まるで「ウイルスをまき散らす弱きクソども」のような目線で彼らのことを見ます。

今、日本がそんな社会であることを、まずは、自覚しましょう。

考えてみてください。パチンコ屋が全て閉まったら、パチンコ中毒者は、どんな行動に出るでしょうか。親ならば、そのストレスを子供に発散するでしょうか。夫は妻にストレスをぶつけるでしょうか。もしくは、自分自身を傷つけるでしょうか。社会に対してストレスをぶつけるでしょうか。誰にも分かりません。でも考えてみてください。

「君主」は何をするべきか

次に、政策的な見方です。
はじめに言ったように「公開処刑でーす」は根本からアホと言えます。(しつこく言えばさすがに閉めるだろうけど、)実は公開しようが、公開しまいが、やるべきことは他にあります。それは、「それでもパチンコ屋に行く人」に対しての何かしらのケア(居場所・行く場所)を作ることです。

「君主」がやるべきなのは、「弱い市民」を公開処刑して、市民社会の「他人事意識」を煽り、彼らを孤立させることではありません。それは社会へちゃんとハネ返ってきます。こんなのは何千年も前の「君主」ですら理解していたことです。「君主」は、「弱いもの」を守ることを第一に考えるべきです。そこのフォローをしなかったら、一体どうなるでしょうか。

ただ人間は誰でもミスをします。それにこんな緊急事態の状況では、大事なところを見落とすのは当たり前です。知事は頑張っています。周りの人が、そういうところを補っていかなきゃいけないよね、と僕は思います。

僕らはどんな意識でいればいい

じゃあ僕らにできることは?と思うかもしれません。
まず、さっき言った「他人事のように、弱い人だなあと言う人」や「ネットで晒して怒る人」には絶対にならないことです。必要な政策は「それでもパチンコ屋に行く人のケアを一生懸命考えること」だと認識することです。そして、彼らは、僕らと同じ人間であり、「弱い人」を叩き排除するのを悪と思わない人が大半の社会だと、理解することです。それさえ分かって、ニュースを見ていれば、それでいいのかなと僕は思います。自分はどうありたいのか、は自分で考えればいいと思います。

こういった緊急事態時には、「弱い人」に対しての思いやりが、増えるように見えて、減るところもあります。「コロナ差別」が生まれたのもそうですし、「社会的弱者」が世界中で居場所を失ってるのもそうです。そこに、目を向けられる人でいましょう。そこに目を向けて、本質「愛」「義」を忘れない人がどれだけいるか。それが、「afterコロナ」の国のあり方に繋がると僕は思います。

*あくまで個人的見解です。思考の足しにしてください。

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