本質的な「成す」を忘れない

本質的な「成す」を忘れない

お久しぶりです。ちょっと間が空きました。絵本頑張ってるなんくんです。

今回は、ちょっと生き方に悩んでる大切な人に送りたい、たいして何も「成さない」メッセージです。

「成す」な「成せ」

例えば、将来何をしようか、と考えたり、

自分は今、何をしているのかを考えたり、

自分はこれまで、どう生きてきたのかを考えたり、

今の自分の無力さを悩んだり、

無知を責めたり、

どう生きるかで、悩んでいるあなたに、何の解決にもならないけれど、本質的なことを伝えたいと思いました。

世界にはたくさん困っている人がいるし、

あなたには大切な人がいます。

好きなものがあるし、

愛しているものもあります。

そんなものたちのために、懸命に生きる人がいます。

サッカーでW杯に出て世界中の子どもの希望になる人がいれば、W杯を作った人もいるし、貧しい地域に行ってサッカーボールをプレゼントして世界に可能性を生んだ人もいます。

困っている病気の人をたくさん助けた人がいれば、病気と闘って克服して多くの人に勇気を与えた人もいます。

会社を作って世の中に豊かさを生み出した人がいれば、事業に成功して講演会を開いて多くの人に道を示した人もいます。

お笑い芸人として日本中の人を笑わせた人がいれば、音楽家として世界中の人に感動を与えた人もいます。

世界には、何かを「成した」と言われる人がたくさんいます。

哲学を深く考え続けている人ほど、「せっかく生きているのだから」と考え、何かを「成したい」と考える人が多いような気がします。

ただ、ただ、忘れないでほしいことがあります。

このように、分かりやすく、目に見えて、あるいは肌で感じて、何かを「成した」と思えたり言われたりする人も、そうでない人も、本質的に、そこにいるだけで何かを「成している」ということです。

正直、W杯で大活躍しようとも、起業して金を稼ごうとも、政治家になって国を変えようとも、それは表面的な「成す」でしかありません。

それはどっちでもいい「成す」なのです。

本質的な「成す」は、あなたが、もうそこにいるだけで、圧倒的に成立しています。

別にたくさんの人に認められることが「成す」でもないし、世界に豊かさを生むことが「成す」でもありません。

人生は、生きているだけで、「成しています」。

別に、表面的にあなたが何かを成そうと成すまいと、どっちでもいいのです。

これを忘れないで。

肩の力を抜いて。

ただただ

予感のする方へ。

心が夢中になる方へ。

正解なんてあって無いようなものさ、

人生は自由。

他人の目なんてあって無いようなものさ、

感性は自由。

あなたは、もうすでに、「成している」。

僕だけはそれを知っている。

どうなろうと、君は、ずっと、「成している」。

僕だけはそれを知っている。

こころカテゴリの最新記事