「恋」と「愛」

「恋」と「愛」

「恋」という病

「恋」してますか?

「恋」って、辛いですよね。ほんまに辛い。

本気の「恋」は人を何倍にも「人」として成長させてくれる。

そんな力を持つのが「恋」だ。

でも、「恋」なんてある種、病気だ。人間を救いもすれば、また苦しめもする。お金も取られるし時間も取られる。辛い思いもしなければいけないし、苦しくて病むこともある。

苦しい思いをしたことが無い人は、苦しい思いをしたことがない人の気持ちしか分からない。

苦しい思いをしたことがある人は、苦しい思いをしたことがない人のことも、苦しい思いをしたことがある人の気持ちも、想像することができる。

人に本気で恋したことがある者は、その辛さも分かる。

人に本気で恋したことがない者は、その辛さは分からない。

でも、「恋」を一回しかしてないとか、何回したとか、そんなところはきっとどうでもいい。

今あなたが、「恋」で満たされているならば、その瞬間をできる限り一生懸命味わい、満たされ、味わい尽くすのだ。

今あなたが、「恋」で辛い思いをしているならば、大丈夫だ、今はただただ辛いけれど、大丈夫だ、その経験はあなたを何倍にも成長させてくれるし、そしてまたあなたは、人を愛し人から愛される力を磨くことができる。また人から愛されることができる。また人を愛することができる。だから、今は辛くて仕方ないけれど、大丈夫だ。

「愛」せよ人類

人を「愛」するって、人に「愛」されるって、やっぱり、いいものですよね。

人に愛されたことがある者は、その温かみを知っている。

人に愛されたことがない者は、その温かさを知らない。

本気で恋をするということを知っている者は、愛されるということを知っている者は、人をまた愛そうとする。

そしてまた人から愛されることができる。

人から愛されるって、凄いですよね、凄いですよね。

世界中の沢山の人々がこう言う。「僕は彼女と出会えただけで、生まれてきた意味があった。」とか、「私は彼と出会えただけで、生きてきてよかったと感じる。」とか。学生恋愛なんて、こんなことを言うと、「重い」だのなんだの言うような甘ったるい「恋」が一般的かもしれないが、大人になり、結婚し、その後一生その人と生きていき、その中で、多くの人はこう感じ、こう言うのである。

多くの場合、「愛」とは“人生の意味”にもなりうるのだ。とんでもない温もりを持ち、“私が生きる意味”を与えてくれる。

この凄さは、今現在、「恋」をしている人には分からない気持ちかもしれない。心の底から人を愛したことがない人にも分からない気持ちかもしれない。心の底から愛されたことがない人にも、分からない気持ちかもしれない。

「恋」はある種の病だから、治ってしまうこともある。「愛」はそうではなく、人間が「生き物」である素晴らしい「証」だ。「恋」は不治の病になることもあるが、それは限りなく「愛」に近い。「恋」の中に「愛」がないのかと言えば、一概にそうではない。本気で「恋」をすれば「愛」を少しでも知ることができるのも確かなことなのかもしれない。

でも、「愛」という、透き通ったものの持つ力は、何にも代えがたく、この世界で人間を生き物らしくしてくれる、最強の魔法なのだ。ただ、まあ、勝手な意見だけれども、今、日本には、その魔法を恐れる人が増えているように感じる。自分が傷つくことも、人を傷つけることも怖い。そして、そんなことよりも面白いと思うものが世の中には溢れているし、自分を癒してくれるものだって溢れている。

今の時代、もう無理やり結婚させられることもなければ、跡取りを産まなきゃいけないとか、そんなこともなくなった。結婚する必要もないし、子供を産む必要もなくなった。魔法を取捨選択するようになってきた。ほぼ全ての人が、魔法を大切にしていた昔に比べ、今では「恋」という病にかかり続けたい人がたくさんたくさんいる世界になった。(離婚の増加はその象徴)

それでも、やっぱり、人々は「魔法」を求めているように感じる。

“私が生きる意味”が見つからず、虚無に襲われる人で溢れかえってるように感じたりもする。

僕は、人間は人間である前に生き物らしく生きるのがいいと思うことがある。

人間を生き物らしくしてくれる魔法は結局人から必要とされている。でも、それに気が付かない。誰もそれに気が付かない。「無理やり結婚なんて酷い」とか、「自由にさせるのが一番だ」とか、「どんな人も平等に働けるべきだ」とか、素晴らしい訴えは叫ばれ続けてるけれど、それがまた、魔法を抑制する要因にもなっている。

「愛」とは、最強の魔法なんだから。

そして「恋」は、数じゃない。人間としての魅力も増すかもしれない。

ただ、忘れないでいたいのは、

「愛」って凄いものだ。

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