黒船の正体 其の一 「学歴の塵化」

黒船の正体 其の一 「学歴の塵化」

こんにちは。どんなに世界が変わっても、どんなに自分が変わっても、「空って綺麗だなぁ」と感じられる人であり続けたいとつくづく思う、なんくんです。

先日「ブログに書いてほしいことアンケート」で、「コロナ来てるけど私たちにできることは?知っとかなきゃいけないことは?」ってお題をいただいたので、「黒船の正体」と称して、僕の考える「コロナで変わるモノ」「その後訪れる新たな日常」について、シリーズ化して書いていこうと思います。

黒船の正体に気付こうとする前に

まず、ここは押さえておかなきゃいけない「前提」をお話します。

我々は、今、人類史上初というほどの世界的感染爆発、COVID-19に対面しています。その瞬間に立ち会えていることは奇跡的で感動を覚えます。まず、これが「人類史上初のとんでもなく大きな出来事」という意識をちゃんと持ちましょう。

我々は、これまで“before コロナ”の日常を生きてきました。そこに「人類史上初のとんでもなく大きな出来事」がやってきました。皆さんの中には

「コロナが収まったらまた以前の日常に戻れる」

と考えている人が少なからずいると思います。それはおおよそ誤りです。

もう“before コロナ”の日常は戻って来ません。

日常は大きく大きく変化するでしょう。今後20年か50年かけて変わると思われていたことが、このCOVID-19によって一瞬でバンバン変わるのです。だからと言って、“after コロナ”の時代はまだきません。ここ数年間は少なくとも“with コロナ”の時代になるでしょう。詳しくは安宅和人さんのこの有難い記事を読んでください。↓

ちなみに安宅さんがずっと仰ってきた「黒船」がコロナの大波によって猛スピードでやってきて開国を促している気がするので、タイトルは「黒船の正体」としました。

じゃあ、我々はその未だかつてないスピードで変化する世の中で、何を考えなきゃいけないのか。何をしなきゃいけないのか。

まず、前も言った「知らないものを嫌う」を注意深くやめなきゃいけません。

そして、何が変わって行くかをしっかり考え、適応しながら、自分の立場と重ね合わせて、先を明るく見ていくことが重要です。

この前提を理解したうえで、「黒船の正体」に話を進めます。

「学歴の塵化」

第一回は、「学歴の塵化」です。

大学はオンライン化する

大学生の皆さんに聞きたいのですが、あなたの大学は「オンライン授業をやるよ」と言ってますか?おそらく多くの大学がオンライン授業開始に向けて既に動き出していると思います。中国やアメリカはすぐにオンライン授業を始めましたが、日本は遅いのでまだほとんど開始している大学はないように感じます。

“授業のオンライン化”を発表している大学が、「“通常授業”は5月から開始する予定です。」みたいなことを言ってると思います。多くの人がなんとなく“before コロナ”の日常が戻ってくると信じているので、「やったあ大学始まるの遅くなる~」とか言って喜んでいると思いますが、なんか変だぞ。

まず、各大学はオンライン授業をやるためにそのシステム作りと、技術向上を頑張っていくでしょう。それでオンライン授業を始めて、そこのシステムを充実させたとしましょう。さあ、考えてみてください。「オンラインでできてしまう授業を、わざわざ大学に行って受ける意味はあるのか。」という疑問が生まれませんか?

大学の授業、特に講義型授業系は、ほとんどが受動的に教授や講師の話を聞くだけです。こんなんはっきり言って、オンラインでできるのです。これを多くの人が気付くのに数十年かかるだろうと思われてたのに、コロナでみんな強制的に気付かされたのです。面白い。

それならですよ?「4月末から大学はオンライン授業にします。通常授業再開は5月を目指します。」的なことを言ってる大学は、狂ってますよね。もしも、あなたの大学が、コロナが弱まって、一生懸命「old大学」に戻ろうとするならば、時代の流れを読めない大学は教育機関として破綻しているので辞めた方がいいと思います。

そう、恐らく、コロナが例え収まったとしても、大学の授業は3分の2くらいがオンライン化するでしょう。ここを押さえておきましょう。

一度オンライン化したのを、オフラインに戻すほど、謎なことはありませんから。そして、例えオンライン授業を頑なに導入しない大学があったとしても、時代の流れでそのうち自ずとオフライン化の流れに飲み込まれるでしょう。

大学生イノベーション

さて、それでは、授業のほとんどがオンライン化したら、一体どうなるでしょうか。

大学生は、大学でなくても、どこにいても授業を受けることが可能になりますよね。そしておそらく映像化すれば、その3分の1くらいの授業は、アーカイブできるようになって、自分の好きな時にまとめて受けることが可能になるでしょう。

そうなると、大学生が、今以上に時間を持て余すようになるでしょう。社会に目を向ける時間も増えるでしょうし、その中で自分の活動に費やせる時間も増えるでしょう。移動可能性ももっと広がり、常に大学生が移動する時代になるでしょう。

さすれば、大学生の中から、どんどんイノベーションが生まれ始めると思います。大学生が社会に有益なものをもたらす可能性は大きく跳ね上がるでしょう。

オンライン化しないもの

それでは、「old大学」の中でオンライン化しないものは一体何か。

ZOOMの波も到来しましたが、やはりまだ5Gが一般化するまでは、ディスカッションや身体性学習は、直接リアルな場の方がやりやすいです。

あと、理系の、エンジニア系や、実習系は、まだあと数十年の間はオンラインでは厳しいものがあるので、大学に行くことが必要になるでしょう。

つまり、大学でオンライン化しないものは、ディスカッション系、身体的学習系、エンジニア系、実習系くらいだと思います。

その分野を残してあとはオンラインになる。

そしてなんといっても、オンライン化しないものを追求するのが「ゼミ」と「ラボ」ですね。「ゼミ」と「ラボ」は「new大学」の核となるでしょう。

ポンコンテンツ化

さあ、さらにその後どうなるか。

大学の講義のほとんどが、オンライン化していくと一体何が起こるでしょうか。

おそらく、より多くの優秀な教授の授業を商材としてクラウドに上げるビジネスが出てきて一般化する時代になると思います。これまでの「old大学」というものが崩壊しますね。(ここはちょっとまだかなり不確実だけどね)

これまでの受動的な大学の授業がコンテンツ化すると、それはより「old大学」に縛られずに日本中いや、世界中を股に掛けるバーチャルでグローバルな「new大学」になると思います。そうなると、大学の授業の多くが“ポンコンテンツ化”します。“ポンコンテンツ化”は僕が作った造語で、コンテンツが希少価値をもたない一過性のポンコツなものになることを“ポンコンテンツ化”と呼んでいます。

そうなると、一体何が起こるか。

一つの「old大学」に行って違う大学でも学べることを学ぶ活動は、価値を生み出さなくなり、より個人化すると思います。一人一人が自分の意欲に基づいて、オンラインで選択して授業を各々自由に受けるようになる。

そうなると、「old大学」に行く意味はなくなり、誰でもこれまでの時代で大卒の人間が学んでいたことが学べるようになるわけです。そうなると、「old大学名」の価値は塵と化します。もう燃え尽きたのです。「old学歴」は人が「学んできた」という指標にはならなくなるでしょう。それに人々がやっと気づくでしょう。

new大学の持つ価値

さあ、そうなった時、新しい大学のようなもの(高校の後に学びに行く場所.ここではnew大学と呼んでいる)は、どんなものを持てば価値を生み出せるのか。

それは、まさに先ほど言った、「オンライン化できない系の授業」と「ゼミ」と「ラボ」になるでしょう。もっと専門学校化するんです。

「new学歴」は、どれだけ「ゼミ」や「ラボ」に属して専門的な能力を身に付けられたか、ということにフォーカスされるようになるでしょう。例えば、「old大学」に入って、オンライン化できるコンテンツのみを消費して、「ゼミ」や「ラボ」をサボっていた奴らは、評価されなくなるでしょう。一方、「オンラインコンテンツ」は大学に入らずとも受けられるようになると思いますから、「大学」に行かなくても、基礎教養や専門知識は個人個人が学べるようになります。そうなると、大学に行かずに、「貴重な経験」を積み上げたりする人の価値も爆上がりするでしょう。

「学歴」はまさに塵と化します。「学歴」は、並べるものから、積み重ねるものに変わるのです。「ゼミ」や「ラボ」歴をどれだけ深くあるいは多く積めるかが勝負になるのです。

そして、「old大学」的なネームバリューは消え、「ゼミ」「ラボ」のネームバリューが増すことになるでしょう。これは本質に近づくとても大きな変化です。最高です。

さらに、「大学」に行かずとも、個人個人の学歴が可視化され、「学歴」が本質的な「学んできた歴史」になるでしょう。高卒でも難なく武器を持ち、学歴を持ち、戦える時代になるのです。

もう一度言います。

「学歴」は細分化され燃え尽きて、塵と化して、積み重ねるものになるでしょう。

落とし込むこと

この話を自分自身の話として落とし込むことが大事です。

new大学が一体どのような形態をとるのかはまだ不確実ですが、

大学生は、自分が何をしていくべきか見えたのではないでしょうか。僕がもし大学生なら、移動可能性が広がることによって、できるようになる活動をたくさん考えます。例えば、田舎に土地を借りて農業をしてみたり。そして、優秀な研究者・教授がいる「ラボ」に入りに行きます。「大学」の枠にとらわれず、他大学へも足を延ばします。情熱とやる気と人間性と基礎知識さえあれば、ルールは超えられます。たぶん。

もう、なんとなくいい大学に行って、単位取って卒論書いて、「○○大卒」のネームバリューを手に入れたー、に価値があると思ってる場合じゃないです。

ひっくり返りますよ。これまでの「old学歴」は。

社会人は、これまでの「学歴」が燃え尽きることを、覚えとかなきゃいけません。はやく本質的な細分化された塵的な学歴にフォーカスした人事に切り替えるべきです。

偉そうに語ってきましたが、僕はこう予想します。

信じるか信じないかは、あなた次第です。

食いっぱぐれないようにね。

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