相手の成長に忠実でいよう

相手の成長に忠実でいよう

相手の成長に忠実でいるべし

僕は、とんでもないスピードで成長し続けています。

僕は、指数関数的に成長しています。

ちょっと考えてみてください。

一年前の自分と今の自分、何か変わりましたか?

僕は、一年前の自分と今の自分はまるで違うとはっきり言えます。一年前の自分じゃ今の自分を想像することも出来ない。

そして、一か月前の自分とも全然違う。一か月前の自分じゃ今の自分を想像することも出来ない。「想像することも」です。

昨日と今日の自分もまるで違う。

一日ずつ、とんでもないスピードで自分が成長していると自信をもって言えます。僕は毎日、毎瞬間、変わり続けています。自慢でも何でもないです。別に変ろうが変わらまいが、成長しようが成長しなかろうが、そのスピードが速かろうが遅かろうが、優劣なんてないから。僕が言いたいことはそんなことじゃない。

僕が伝えたいのは、僕は変わり続けているということ、ただそれだけです。

一か月ぶりに会った友達とかに、「変わったな」と言われるんですが、それに気づいてくれる友達はまだありがたい。でも、僕が一か月前のまま、一年前のままだと思い込んで話し続けてくる人が一番やっかいなのです。正直、その人よりも遥かにそこについて考えて勉強して経験してを繰り返してるのに、まるで自分と同じ世界を見てるかのように見当違いなことを堂々と話してくる。それはそれで仕方ないことで、悪いことでも何でもないんだけれど、ちょっとだけそこに「理解しようとする努力」が足りないように感じる。そういう人は、成長するスピードがみんな自分と同じだと思い込んでる感じがする。

きっと、僕と一緒にいるのはとても大変だ。どんどん変わって行っちゃうから。それについてくのは大変だ。ただ、相手が普段どう生きていて、どう成長しているのかを理解しようとすることはとても大事だ。そう思う。

分かりやすく言うと、

超強豪の高校のサッカー部に入って、毎日とんでもないスピードで成長している。そんな時に、中学でチームメイトだった友人(高校でもテキトーにサッカーしている)と久しぶりに会う。が、その友人がまるで同じレベルにいるかのように話し続けてくる感じ。サッカーをめっちゃ語ってくる。しかも見当はずれ。なんかおかしい。このギャップはなんだろう。僕は中学の頃から大きく変わったのに、目の前にいる友人は僕は変わってないと思っている。なんかおかしい。それに気付こうとすらしてくれない。なんかおかしい。きもちわるい。

こんな感じです。

相手の成長を、見抜ける人と、見抜けない人がいます。相手に興味を持とうとする人と持とうとしない人がいます。

ここから大事な話です。

変わり続ける上で、とてつもなく大切なことがあります。

それは、「一本絶対に変えない芯を持ち続ける」ということです。ただただ学びまくって変わり続けている人もたくさんいますが、そういう人にはなりたくない。一本曲げない大きな樹をもって、それから外れることは絶対しない。これは僕の信念です。一年前から今日、一か月前から今日、昨日から今日、どれだけ成長しようと、どれだけ変わろうと、一番大事な大きな樹は空に向かって立ち続けています。そこはなんら変わっていません。

僕はこれからも指数関数的な成長を続けていくつもりですが、それはただ、大きな樹の先に枝や葉っぱや果実や花が指数関数的に増えていくというだけです。葉緑体や色素が指数関数的に増え続けていくというだけなのです。

最後に忘れてはいけないのは、太陽と水と土と酸素の存在です。太陽がいなければ、どんなに樹の先に葉や花や果実を増やしても、美しくなど見えないものです。真っ暗闇に桜が咲いてても、人々は魅了されないのです。酸素や水、土の栄養は自分を育ててくれる大事な大事な養分たちです。どれだけの人やものやことから学べるか、つまり養分を吸収できるかが、葉や花を咲かせる重要な要素になると思います。

そして、僕にはもう一つ必要なものがあります。それは、「温度」です。世の中には、どんな気温でも生きれる人間もいます。でも僕は弱くて弱くて弱い人間なので、人間の温もりが必要です。人間の温もりという「温度」が僕には必要なのです。

僕は、

相手の樹に新しく増えた美しい花に気付きたい。美しい葉に、美しい果実に気付こうと見上げたい。変化した葉の色にも気付きたい。花がつぼみから散るまでも感じたい。感じようと見つめたい。「温度」でいたい。僕はそういう人でありたいと思うのです。

樹を何本も立てて、大きな森を作っても、そこに入った人間は迷子になってしまうだけです。一本の樹で、人々を魅了しなきゃいけない。そしてそこに登ろうとしてくる人が一人でも出てきたら嬉しいじゃあないか。

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