息苦し過ぎる世界。

息苦し過ぎる世界。

今日は、愚痴を書きまくります。

すぽーつしよ会の始まり

大学に入ってすぐの4月5日。(ちなみに入学式は4日でした。)僕はいきなり、100人くらいが所属する学科のLINEグループに、宣伝をぶち込みました。勿論友達もまーったくいません。既読だけが1から100へ増えていくだけで、誰からも、興味を示すメッセージは届きませんでした。いや~入学早々、やらかしたな~と思いましたね。意外ときついもんです。タイミング間違えたよな~とかその時はだいぶ後悔しました。

さて、問題です。僕は、いったい何の宣伝を、入学1日後に、あほみたいにし始めたのでしょうか?

はい。正解です。

僕は、大学に入ったら、アメフト、野球、サッカー、のどれかを本気でやりたいなあ(神大ならアメフトやりたいなあ)と、思う気持ちがすごくあったのですが、僕には他にもっとやりたいこと、いや、やらなきゃいけないことが、たくさんありました。たくさんの国に行きたかった。いろんな活動をしたかった。そのためには、一生懸命バイトもしなきゃいけなかった。するともう、本気で一つのスポーツに没頭し、一生モノの仲間を作る選択肢は、消えました。

将来、世界中にスポーツができる選択肢を生み出すのが目標なので、自分でもスポーツについての専門家になっていたいと思っており、大学では科学的にスポーツを研究しようと決めていました。

なので、「様々なスポーツを、科学的に研究しながら、4年間で、かなり上達させる」そんなサークルに入ろう若しくは無かったら作ろうと思っていました。

そこで、一通り、神戸大学のサークルも調べたのですが、僕が目指すようなものはありませんでした。だいたい飲みサー。

はい、もう決まりました。自分で作っちゃえばいい。

そうなんです。僕は入学1日目にして、サークルを作ることを決めました。

まあ、事はそううまくはいきません。あは(笑)

ずーーっと熱意のある仲間が一人も見つからず、時は流れていきました。

そうあの時、まさにあの日突然、諦めかけていた僕の心に、一筋の光が差したのです。

6月21日。ある一人の友人から思いがけぬメッセージが来たのです。「以前宣伝してたことに実は興味があって連絡しました。」その友人の、「うん。私に何ができるかわからないけど、やろうよ。」と言う一言で、止まっていたサークル作りはスタートしたのです。その人が大学に入ってから初めてできた、いろんなことをなんでも語り合える大切な友人でした。

今では6名も集まり、週一で、みんなが考えた超ユニークな練習法を持ち寄って、楽しく、運動能力を向上させていっています。もうすでに何個もの全スポーツに対応の利くユニーク練習メニューが生まれています。

いかれた世の中。公園問題。

僕はずっとこの活動の、活動を思いっきりできそうな公園や空き地を探していました。ある日、広ーい野球場のようなグランドのある公園を大学の近くで見つけました。その時は、誰もグランドを使用していませんでした。グランドのカギは閉まっていました。看板を見ると、使用団体名とその団体の使用時間が書かれていました。しかしどう見ても、その看板には、一日につき一団体のみが2時間程度しか、このグランドを使用していないことが分かりました。管理団体の電話番号が書かれていたので、早速、電話をしてみました。僕らがやっている活動を、一通り紹介して、このグランドを使うことはできないのか、聞いてみました。するとまあ、驚きましたよ。なんて返事が来たと思いますか?住宅地の中で空いている広大な公園の敷地を、使うことはできないか、なんで開放しないのかと、質問して、何て返事が返ってきたと思いますか?

「成人の方に、お貸しすることはできません。」

まあ驚きました。ちゃんと聞き返しましたよ。「なんでですか?」

「成人の人は、力がありますよね。力加減をできない人がいるので、危ないからです。フェンス(高さ20mくらいのしっかりしたフェンスが一面を覆っている)を超えて、近隣の住民の方とトラブルになったことが、以前にありまして、それからは、お子さんとご老人の方にのみ、使用を許可するようにしました。」

ん?

「私たち硬いボールを使ったり、本気で野球をしたりなんかしないんで、それならいいですか?」

「すいません。規則になっておりますので…。一つの団体にお貸ししますと、他の方にもお貸ししなければいけなくなりますので…。」

ん?

トラブル起きる前に、「禁止」にしよう、ってことか。いかれすぎだろ。

成人は、力の加減が、むしろできるだろ。(笑)子供たちやいろんな人たちが、遊べる場所=公園を開放しないという珍事。

これがなんと今の日本では、珍事じゃない。

はあ。まあ、とんでもないご時世だ。思えばいつからだろう、公園に「野球やゴルフなどの危険なスポーツは禁止です。」と書かれた看板が立つようになったのは。皆さん知っていましたか?12年前くらいからでしょうか、日本全国の公園にこんなことが書かれた看板が次々に建てられていきました。公園や空き地で、子供たちが野球をしている光景を、最近では、ほぼ、見なくなりました。とくに都会や住宅地では、「空き地」があればバンバン何かを建て、空き家になった家も放置され、公園はどんどん減っていき、子供が自由な発想で遊べる環境が減っていきました。今も減り続けています。

それと同時に、人が変わっています。地域コミュニティの関係が希薄になり、地域の子どもたちに目を向ける人々は減り、親たちはなにかと「ぶっそうだ、ぶっそうだ。」と騒ぎ立て、自分の子どもが「ケガをしないこと」「ただただ安全な場所で過ごすこと」にばかり気を遣うようになり、高齢者も、増えるばっかりであーそりゃ力なんてまったくありません。

行き過ぎもいいところで、こないだ公園にこんな看板を見かけましたよ。「みんなの場所はみんなで守ろう。ペットが糞などをしたら不衛生です。ペットは立ち入らないようにお願いします。」

おいおい。やばくねえか?この国。

おい日本よ、贅沢病に、潔癖病に、自己中心病に、子供蔑ろ病、、、蔓延してとんでもないことになってるぞ。

これを読んでいる方、もしくは読んでいる方のお母さんやお父さんで、こんないかれた超自己中心的な考え方をしている方がいるならば、考え直してほしい。怪我しなきゃ、いいのか?何がいいんだ。教えてくれ。子どもにゃ家でスマホさわらせときゃいいのか?ふざけんな、何を学ぶんだそんなことして。機械を作ってんじゃないんだ。人を育ててんだろ?人は人の痛みを知ったり、間違いをして、正しいことを教えてもらったり、それを繰り返しながら、豊かな心を育んでいくんじゃないのか?

サザエさんに出てくる、「空き地で野球して家のガラスを割って怖いおじさんに叱られる」という光景は今の世の中に存在しません。赤の他人の子どもの間違いを、本気で叱ってやれる大人が、どれだけいますか。あなたはそうですか?今の人の多くが、「ガラスが割れたら危ないから、空き地でサッカーや野球をすることを禁止しよう。」と考える。叱ってやりゃあいいんですよ。何回も何回も。ガラスが刺さって怪我をしたなら、怪我をさせた彼らは、人の痛みを学ぶでしょう。え?死んだらどうするんだ?目に入って失明したらどうするんだ?何言ってんだい。そんなに怖いなら、野球する前は一声かけるようにって看板立てりゃいいだろ。修理のお金はどうすんだ?んなもん出せ。働いて、出してやれ。子どもが思いっきり遊ぶ環境に、投資したと思えば、小さすぎる出費だろが。老人に当たって取り返しが利かなくなったらどうすんだ?それで取り返しが利かなくなるならそれまでだ。昔、禁止してなかった時代に、ボールが老人に当たって取り返しが利かなくなったって事例がどんだけあったんだ?あ?

いかれてるのは公園だけじゃないです。今の世の中、大切なものを取り違えています。なにかあれば、対策対策、ルールルール。

違うだろ。

生きにくい。

息苦しすぎる。

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