「本能」と「理性」

「本能」と「理性」

何かを、ずーーっと考えて、考えて、考えていくと、必ずと言っていいほど、答えのない問いに行きつきます。

「なぜ、命は大切なのか。」

「なぜ、人間は生まれてきたのか。」

「なぜ、命を繋いでいかなければいけないのか。」

これらの問いに絶対的な答えはありません。

多くの人は、この問いに真剣に向き合うことはありません。

しかし僕はこの疑問を強く持って生きてきました。

人間は、生物としての「本能」を持ち、この世に誕生しました。しかし、人間には他の生物とは違って、大きく発展した能力がありました。それは、「理性」です。 「本能」と「理性」が非常に高いレベルで組み合わさることによって、私たち人間はこれまで進化してきました。「理性」があることで、「本能」を抑えることができます。

しかし、もし「理性」が発達しすぎたら、「本能」を消す方向に動いていくと思いませんか?

ここで分かりやすい例として、AIの発展を考えてみましょう。人間たちは、これまで、様々な科学技術を発明し発展させてきました。そして今、AIというものが生み出され、今後数十年後には、「シンギュラリティ」というものが発生し、人間の知能をAIが超えて、AIが人間を動かす時代が来ると考えられています。そして、その時代が来ると、AIは人間が必要ないと思ったら、人間を絶滅しようと考えるようになるかもしれないと言われています。この場合、もともと「人間のコントロール(本能=一番大切だと思われていたもの)」が土台にあり、それがある前提でその上に存在していたはずの「AI(理性)」が、発達しすぎると、そう、「AI(理性)」が「人間のコントロール(本能)」を超えてしまい、その上を行くようになるのです。すると、「AI(理性)」は「人間のコントロール(本能)」を必要ないと思い、嫌い、そして消そうとするわけです。

これと同じことが、AIに関係なく、そもそも人間の精神の中で起こることはあるのでしょうか。つまり、「理性」が発達しすぎて、「本能」を嫌い、そして消そうとするということです。

もしも、「理性」が発達し、「本能」を超えたとしたら、生物の「本能」の一つである、「命を繋ぐこと」ここに疑問が生じます。すると、どうなるでしょうか。「命を繋ぐ意味」が分からなくなります。「理性」でそれは、説明できないのです。「命は大切である」ということも、説明できなくなります。

そんなことが起こるでしょうか。

AIの例に戻って考えてみましょう。AIは、人間を絶滅させることが、現実的に可能でしょうか。はい。可能です。私たちが考えもしないことを考えられるようになるのですから、人間がいくらそんなの不可能だ!と言ったところで、AIは人間の不可能をいとも簡単に可能にするのです。まあ、その未来が実際に来るかは別として、可能か不可能かで言えば、可能でしょう。まあ、人間の本能である「進化欲」とやらが、「歴史から学び、技術の発展を辞めるという進化」を選ばず、のうのうと技術革新を続けたために、どーーしようもない状況が生まれたわけです。

しかし、それでは、人間の精神において、「理性」が「本能」を消滅させることは、現実的に可能なのでしょうか。はい。不可能です。なぜか。それは人間は、どれだけ「理性」が発展したからと言って、人間だからです。人間は、どれだけ「理性」が発達しても、生物なのです。生物である限り、「本能」を抑えることはできても、消滅させることは、不可能なのです。AIは生物ではありません。だから生物を消滅させることができるのです。

そう、「理性」が「本能」を超えて、「本能」を嫌い、消そうとする、ことは起きたとしても、消すことは、絶対にできないのです。

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