「体育会系の考え方」の終焉

「体育会系の考え方」の終焉

所謂「体育会系の考え方」というのがありますよね。時にそれは良いものなのですが、正直に言うと、基本的には、

「時代遅れの考え方」

だと僕は思っています。

「先輩後輩」なにそれ。

まず、「先輩、後輩」。これ、なんでしょうか。

長く生きたら、偉いんでしょうか。

これは本当に19年しか生きてない未熟者が言ってるだけなので、相手にしたくない人はしなくていいです。

僕は、「偉そうだな。」「なんだお前偉そうに。」と言う人は基本的に、時代遅れの大切なことを忘れてるおっさんおばさんだと思っています。長く生きたとか、君より多くのことを経験したとか、君より苦労したとか、君より多くのことを知ってるとか、君より能力が高いとか、

「物事の本質」はそんなとこにゃあ、無いんです。

長く生きたから、「偉い」なんて、とんでもありません。長く生きてても、短く生きてても、みんな一生懸命生きてるんです。本当に大切なことを知ってる人は、「自分が長く生きてるから偉い」なんて絶対に思いません。「自分が権力を持っているから偉い」なんて絶対に思いません。「偉い」という概念を持たないのです。どうでもいいからです。

だれが「偉い」なんてどうでもいいんです。

ルフィは、すっげえ

『ONE PIECE』

言わずと知れた人気漫画ですが、これは上記のことを大きな声で叫び続け、訴え続けていると思います。

読んだことがない人のために簡単に説明すると、『ONE PIECE』は、主人公のルフィが「海賊王」を目指して、愉快な仲間たちと冒険をし続けていく物語です。

ずっと、物語の序盤から、「海賊王」=「名声」「富」=「偉い」だと意識させておいて、物語を読み進めていくうちに、ルフィが目指す「海賊王」は全く違うものだということが、知れてきます。これがまた、『ONE PIECE』の醍醐味なのですが、

「本当に素晴らしいもの」は、「名誉」でも「富」でも「偉い」でもなく、もっと違うところにある

ということを訴えています。ルフィは、「名誉」も「富」も「偉い」も、どうでもいいんです。とにかく読んでみてください(笑)

「根性論」やめよう

次に「根性論」。

何かができない時に、相手のことをしっかり見てあげず、「根性がないからだ。」というのは、あまりにも暴論です。勿論、何かをできない時に、原因が「根性」の欠如にあることも、あります。でも、できるとか、できないとか、そんなことはどうでもいいんです。大切なのはそこじゃないんです。何かに向き合って、一生懸命生きたか、です。「頑張ったか」ではありません。「生きたか」です。そこを見てあげなきゃいけないんです。

ただ、「逃げる」はいけません。「向き合う」ことは大切です。それが一生懸命生きることです。けれど、ここ大事です。「向き合う対象」は「これじゃないといけない」と決まっていません。「その人が向き合うべきもの」なんてのを勝手にこちらが決めるなんて、ちゃんちゃらおかしいです。それこそ、何様のつもりですか。その人の人生はその人のものです。仲間なら、その仲間が何に向き合っているのか、何に向き合えるのか、それを見てあげましょう。教師ならば、その生徒が何に向き合い、何と戦い生きているのか、気付こうとしてあげましょう。親ならば、その子が何に向き合えるのか、一緒になって探してあげて、一番、認めてあげましょうよ。

何かに向き合って、一生懸命生きていたら、それだけで、素晴らしいんです。それが、素晴らしいんです。

何かができなかったときに、「根性がねえんだよ。」と吐き捨てる人は、大体において、その人が、どれだけ目の前のこと(目の前のこととは、何でもいいんです。何でも。)に向き合い、生きていたか、を見てあげていません。つまり、なんでもかんでも、「根性がねえ」と言う人は、時代遅れの「人はみな同じ」と思い込んでいる勘違いおっさんおばさんです。

例外。

これらには、「例外」があります。

一つは、「組織」です。「組織」に属するということは、やはりどうしてもチームプレーになります。チームプレーをするためには、考えやルールをある程度合わせなければいけません。いつまでも、「先輩後輩」「根性論」を取り入れている組織もたくさんあります。これが嫌ならそんな組織にそもそも入らないことです。若しくは仲間を集めて、若しくはある程度我慢して偉くなって、組織を改革することです。或いは自分で組織を作ることです。

もう一つの「例外」は、「親子」です。僕は親になったことはないので、あくまで予想ですが、親にとっては子供はいつまでも子供です。親は、子供にとっては一番の「教育者」です。教育者は、本当に大切なことを、教え続けてあげなければいけません。しかし、「教える立場」だと、どうしても、どうしても、「教えられる人より知っている」=「子供より知っている」と思い込まずにはいられません。親は子供にいい格好を見せていたい。これはもう仕方ないことだと思います。

気付きましょう。

時代は変わっています。年功序列も、「終わり」を迎えています。

実力で世界に勝負できる時代です。

自分が生きてきた世界が、全てだと思ってる人は、はい、小さい人です。もし自分がそうなら今すぐにやめたほうがいい。「体育会系の考え方」がもう通用しないことに早く気付かないと、本当に能力のある、大きな若手は寄って来ません。仲間はできません。

これから時代を切り開いていくことをやりたいのなら、本当に大切なことに気付きましょう。

この記事を読んで、「なんだこいつ偉そうに語ってんな」「お前そんなに世界のすべてを知ってんのか?」と思う人がいたならば、とりあえず自分の信念に従って生きてみてください。そもそも生きる目的が違います。

僕は未熟です。世界の全てそんなもん知りません。何か特殊能力があるわけでもありません。何にもなくても、何にも力は無くても、一秒一秒一生懸命、何かに向き合って、生きます。そして僕は、そうやって生きる人の応援者で居続けます。

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