忘れるな人々よ-中村哲さんの言葉から考える今

忘れるな人々よ-中村哲さんの言葉から考える今

引用:メイン画像:ペシャワール会

今、中村哲さんの言葉を反芻す

先日(2019年12月4日)、NGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲医師が、アフガニスタンで灌漑用水事業の現場に向かっている途中で、武装勢力に襲われ、亡くなりました。

僕には、あまりにも、衝撃的な事件でした。

中村さんの功績は、簡単には成しえない美しすぎるものでした。

今日は、中村さんが行った功績ではなく、中村さんの言葉を紹介します。

家族観の変貌と変わらないもの

「三度の飯が食えて、家族が一緒に暮らすことができれば良い」

これは、常日頃から、活動するにあたって、仰っていたことだそうです。

私たち、日本人は、家族と一緒に暮らすことの素晴らしさを、忘れてしまっています。当たり前なことの素晴らしさは、いつの間にか、忘れてしまうのでしょうね。

僕の友人にも、「結婚したくない。」そう言い張る若者が何人もいます。時代の変化に連れて「愛する人と結婚するのが普通」でなくなり、愛の形も多様化してきています。「一人の時間が欲しい。」とか、「結局は他人のままのほうがいい。」とか、「別に”結婚”しなくてもよくない?一緒にいたいときにいりゃあいい。」というように、いろんな関係性が認められ、何が正しいのかなんて、どんどん分からなくなってきました。どれも、悪くないしおかしくありません。

きっと、多様性を認め合いまくるこれからの時代において、困惑し、迷走し、本当に欲しかったものが何か分からなくなってしまい、苦しむことが何度となく私たちには訪れるでしょう。

実は、先人たちが培ってきた、「家族」というものの素晴らしさは、「本質的な人の求めるもの」を含んでいるのかもしれません。人を愛し、人に愛され、家族となり、特別なつながりになって、その人たちの中に身を置いて、愛する人に、愛される人に囲まれて生きることの、素晴らしさがあれば、それで、それだけでいいと、心から言えることほど、美しいことはないと、思うこともあります。

迷信と信ずるもの

「お金があれば幸せになれるという迷信、武力で平和は守れるという迷信に惑わされないでほしい。本当に人間にとって大切なものは何なのか、大切でないものは何なのかを考えてほしい」

今、多くの日本人に、この言葉が必要なのではないでしょうか。ただ、僕たち日本人は、これを聞いただけでは、自分のこととして、なかなか実感したり、考えに胸を打たれたりはできないでしょう。やはり、「物がない」「金がない」けれど、「もっと大切なものがある」その現場を、世界に探しに行くことをお勧めします。一生懸命働いて、お金貯めたら、簡単にそういう世界を見に行くことができます。「本当に大事なもの」を探しに行く経験の価値は、お金では測れないほど素晴らしいものとなるのは、間違いありません。この言葉を、深く自分のものとして、感じたい人は、今すぐに行動を起こすべきです。

薄れゆく視線の温もり

「近代化と民主化はしばしば同義である。巨大都市カブールでは、上流層の間で東京やロンドンとさして変わらぬファッションが流行する。(中略)人権は叫ばれても、街路にうずくまる行倒れや流民たちへの温かい視線は薄れた」

全世界で、この状況は同じでしょう。日本でも、ここまで、「生きる保証」のある、「自由の保障」のある「人権」が守られるようになっても、さらにどんどんどんどん、人々は「人権」を、まだ足りないまだ足りないと、求め続けます。けれど、身の回り”他人”への目線は、冷たく、冷たく、冷たい目線になっていないでしょうか。そう感じないでしょうか。一体私たちは、何を、求めているのでしょうか。

近代化のさらに彼方を見つめる

「国土を省みぬ無責任な主張、華やかな消費生活への憧れ、終わりのない内戦。襲いかかる温暖化による干ばつー終末的な世相の中で、アフガニスタンは何を啓示するのか。見捨てられた小世界で心温まる絆を見いだす意味を問い、近代化のさらに彼方を見つめる」

見捨てられた小世界で心温まる絆を見いだす意味を問い、近代化のさらに彼方を見つめる

先端テクノロジーと過剰消費や競争経済など、それらが取り巻く世界の中で、近代化のさらに彼方を見つめる

のではありません。

見捨てられた小世界で心温まる絆を見いだす意味を問い

近代化のさらに彼方を見つめる

僕は、その彼方に、とっても温かい未来を感じるのです。

あなたは、どんな世界で、どんな未来を、見ていますか?

どんな未来を、見たいですか?

僕は、中村哲さんの心を、絶対に忘れません。

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