「人ってさ…何のために生きてると思う?」

「人ってさ…何のために生きてると思う?」

最近の虚無感

ふと思う。

「最近、人のために生きれてるかなあ…」

僕の人生のテーマの一つに、「人のために生きる」があるのだけれど、最近自分が人のために生きれているか、分からなくなることがある。僕が、高校で野球をやっていた時や、受験の時などは、人のために、いろんなことをして、その結果が、短期間で見れて、リアルな達成感を実感できていた。例えば、仲間のフォームを研究して、一緒に練習をして、応援して、その仲間が試合でホームランを打った時の、喜び、嬉しさと言ったらそりゃもう何にも代えがたいものだった。受験の時、一人じゃ勉強できない人たちを集めて、勉強合宿を開催して、その彼らが、成績をとんでもなく伸ばしたり、志望校に受かった時の喜びもまた、言葉では表しようのないものだった。

しかし、最近はどうか。僕が今やっているいくつかの活動は、長期的に見れば、全て「人のため」であることに変わりはないが、「人の笑顔が増える」とか、「人が何かを得る」とか、そういったシーンを日々の生活の中で実感することが、最近は、まずない。周りの友人たちを、笑顔にすることもできていない。周りの家族を笑顔にすることもできていない。

やはり、そんな日々を続けていると、不安になるものだ。

 

引用:TBSドラマ3年B組金八先生 より

名言の持つ力

話は変わるが、世の中には、「名言」を毛嫌いする人がいる。所謂「くさい言葉」「綺麗ごと」だ。「そんなに世の中甘くないんだよ」と彼らは言う。ドラマ『金八先生』の中で、金八先生が同僚教師に言ったこんなセリフがある。

「教育者っていうのは、寧ろ、綺麗ごとを言うべきなんじゃないでしょうか。社会の限界を教えてやるのが教師なんでしょうか。本当に正しいことを、教えてやるのが教師の仕事なんじゃないでしょうか。」

記憶があいまいなので一言一句あっているかは分からないが、こんな風なことを言っていた。僕はこのセリフがとても大事なことだと思っている。「くさい言葉」や「綺麗ごと」の中にこそ、「物事の本質」っぽいものは隠れていると、そう僕は思っている。

 

引用:漫画「宇宙兄弟」より

『宇宙兄弟から学ぶこと』其の一

『宇宙兄弟』という漫画をご存じだろう。南波六太(ムッタ)と南波日々人(ヒビト)という宇宙飛行士兄弟の人生のジグザグを描いた漫画である。この漫画の中では、たくさんの名言が飛び出す。僕はこの漫画からたくさん大事なことを学び、気付かされてきた。今日はその一つを紹介したいと思う。

南波兄弟が子供のころからお世話になっていた恩人のシャロンという天文学者(ALSを患っている)に、ムッタが子供の頃にした質問と、シャロンの返答である。

ムッタ「ねえ、シャロンおばちゃん。宇宙規模な質問していい?

人ってさ…何のために生きてると思う?」

シャロン「私が思うに…そんなつもりはなくても、人はね…、

誰かに ”生きる勇気” を与えるために生きてるのよ

誰かに 勇気をもらいながら。」

この言葉がまた昨日の僕の不安を消してくれた。

短期元気、長期根気、そして勇気

短期間で得られる達成感を得たいのなら、日々、元気に生きよう。

元気に生きたら、きっと、誰かのために小さなことでも動いてあげられる。

長期間かけて、達成感を得たいなら、日々、根気だ。

上手くいかないことばっかりだけれど、根気だ。

粘り強く、挑戦をし続け、失敗をし続けよう。

そして、短期も長期も、「自分の行動」が、人に生きる勇気を与え、そして人から生きる勇気が返ってくるように。

さあ、がんばろう。

楽しくて仕方がないね。

引用:漫画「宇宙兄弟」より

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