アメトークは終われ

アメトークは終われ

どうも!お久しぶりです!最近はほとんど寝る時間を取れない本来はロングスリーパーのなんくんです。

オンラインサロンがあまりにも面白いし、絵本も佳境だし、色々駆け回っているのでブログの更新が久々になってしまいました。

そういえば、「オンラインサロンめちゃ興味あるけど、入っていいのかわからなくて悩んでる…」という声が結構聞こえてきます。中身をあまりちゃんと紹介してないので入りにくいとは思いますが、1週間タダで見れるので、まあ見てみるだけでも、読み物としてだけでも面白い人には面白いと思います。ポチッとFacebookのボタンを押すだけで入れるから、気軽に覗いてね。https://nan-life24.com/page-1348 (*ごめんなんか入ろうと思ってもバグって入れなかった人がいたみたい。修正したからもっかいやってみて~ん)

さて。

今日は、地上波のある人気番組に感じる気持ち悪さを、書きたいと思いまーす。

ただただ気持ち悪い

あえて、番組名を言います。

バラエティの中ではとても人気のある「アメトーク」という番組があります。

僕は、「アメトーク」を見ると、タダならぬ気持ち悪さを感じることがあります。

「アメトーク」の中でも人気のコーナーに「運動神経悪い芸人」というのがあります。僕は、このコーナーは特に、気持ち悪さを感じます。(ちゃんと見ないで批判するのはそれこそ強情だから僕はちゃんと見て言う。)

どんなコーナーかというと、運動神経が悪いと言われている芸人さんが、いろんなスポーツや運動をして、その運動神経の悪すぎるありさまをみんなで面白がる、というものです。僕はこのコーナーを見るときはいつもいろんなことを考えながら見ています。

演者の深層心理

まず、「5~8割くらいがやらせである」ことが間違いないと思います。芸人さんが、誰かを笑わせたくて、一生懸命、「運動神経が悪い人」を演じているように見えます。(これは断定はできないあくまで僕の見解)

僕は最初のうちはそうやって見ていたのですが、だんだんもっと酷く見えてきました。何かと言うと、芸人さんが誰かに笑ってもらいたくてやってるのではなく、芸人さん自身の承認欲求を満たすためだけに、競って「運動神経が悪い人」を演じているように見えるのです。

それはつまり、「運動神経悪い芸人」として出演している人すらも、世の「運動神経悪い人」を見下し、ダサいものだと思っているということです。

一体、これがどれほど気持ち悪いことかわかるでしょうか。

しかし、これはほんの序章です。

前提にある嘲笑

この番組は、「運動神経が悪い人は滑稽だ」「運動神経が悪い人は恥ずかしい」という前提に基づいて、制作されています。

これは、一体、どういうことなのでしょうか。

よし、じゃあ、頑張ってポジティブに受け取ってみましょう。

そうだ!きっとこの番組は、「運動神経が悪くてもこれだけ人を笑顔にできるんだよ。だから自信もっていいんだよ。」と伝えようとしているんだ!

言わせてください。

「人を嘲笑う笑いが、人の苦しみを本質的に解決するわけがない」

頭おかしいんかな?

そこに笑いが生まれるのは、「運動神経が悪いのはカッコ悪い」とか、「運動神経がいい人はカッコいい」とかって思ってるからですよね。

運動神経がよかろうが、悪かろうが、懸命に取り組む姿は、それだけで美しいんですよ。それが、美しいんですよ。

よし、もう一回頑張ってポジティブに捉えてみよう。

そうだ!きっとこの番組は「運動神経が悪い人の動きには、芸術的、視覚的にとても(本能的に感じる)面白さがある。だから自信を持っていいんだよ。」と伝えたいんだ!

言わしてください。

あそこに出ている芸人さんのほとんどに、「運動神経悪い人の体の動き」が芸術的に面白いと感じる深い思考はないでしょう。

頭おかしいんかな。

どう頑張っても、擁護のしようがありません。

この番組が伝えたいことはこうです。

「運動神経が悪い人の動きは、面白い。」

「運動神経が悪い人を、笑ってもいい。いや、笑え。」

あの、人をバカにする思考停止な空気が、果てしなく、気持ち悪い。

ふざけんじゃねえ。

この世の中に、運動神経が悪くて苦しんでいる子供が、一体どれだけいるか、考えたことはあるのか?彼らの苦しみを、想像したことはあるのか?

よく「ブス」とか、「デブ」とか、しょうもない表面的な分かりやすさを、笑って、バカにする全体主義が地上波テレビでは蔓延ってるが、一体それがどれほど低俗なものか、そしてそれが、どれだけの近代人の頭に洗脳のように刻まれるか、考えたことはあるのか?

人を、なめんじゃない。

運動神経が悪い人を、笑うな。

容姿がどうした。外見がどうした。ふざけんじゃねえ。

あんたらが一生懸命学んだり考えたりすることをしたくないのはもう分かったから、だからと言って、なんとなく分かりやすい誰かから植え付けられ「面白い」に寄りかかって、無意味な苦しみを世の中に生み出すのはもうこれ以上やめてくれ。

頼むから、この記事を読んでる人は、そういうポピュリズム的な洗脳をひたすら取り払ってほしい。

本当の悲しさはもっと外にある

まあ、「アメトーク」はいろんなコーナーがあるけど、「アメトーク」以外のクソほどしょうもないバラエティ番組もそう。誰かの「苦手」を笑って楽しんでいる。

ちなみに、その「苦手」は、あんたらメディアが創り出した非同一性の排除に他ならないことを忘れてはいけない。

さて。こんな感じで、腐りきった笑いを提供する番組は多いんだけど、実は、本当に悲しいことは、もっと身近にある。

何かはもう分かるよね。

そう。それが「人気番組」であるという現実だ。

ここまで多様性がなんだのと叫ばれている世の中でも、あーやって非同一性を排除して喜ぶ番組が、「人気」を博しているのだ。

僕は、あのコーナーを見ていても、1ミリたりとも笑えない。

でも、あなたはどうだ。あなたの周りの人はどうだ。

運動神経が悪くて、苦しんでいる人の気持ちを考えた上で、笑っているのなら、まだ筋は通っているが、それはなにが面白いのか教えてほしい。それはこの世の中への嫌悪が度を超えた時に生まれる「JOKER」の主人公的な「笑い」か?

ほとんどの人が、あのコーナーを見ても、違和感を感じることもなく、「笑っている」のだ。

これが、この世界の悲しさの正体だ。

本当に悲しいことは、もっと身近にあるよ。

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